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 劇の練習は順調に進み、本番の文化祭でも大きなトラブルなく成功で終えることができた。今日はその打ち上げと引退する三年生と四年生の送別会を兼ねた会が、大学近所の居酒屋で開かれていた。大半の三年生は引退するけれど、本気で役者を目指している人やまだ続けたいという人は残ったりする。先輩は、引退する一人だ。  席は学年ごとに分かれているので、俺と先輩は離れた場所に座っていた。でも、俺が座っているところからは先輩の姿が見えて、友人たちと話しながらも、俺は先輩に話しかける機会がないか窺っていた。こういう会では、時間が経つと席を移動したりすることはよくあるからだ。 「今回俺らは裏方メインだったけど、次は名前のある役やりたいよな」 「私も! あ、でも、衣装とか装飾とかも奥深いんだなって思ったんだよね~」  一年生仲間の会話に適度に相槌を打つ。今回の演劇では、一年生のほとんどは配役はなく裏方の仕事が主だった。それはもちろん、劇は演者だけでなく脚本や照明、大道具など多くの役割があってできあがるものであることを学ぶためだとわかっているし、名前のない役とはいえ舞台に上がった一年生もいる。けど、演劇サークルに入ったからには、やはり舞台に立ちたいと思う人が多いわけで。俺たちは、次こそは物語の世界の住人になろうと目標を掲げ、気持ちを一つにした。 「なんだなんだ、今年の一年生はやる気があっていいな」 「先輩……! いや、新部長!」  端に座っていた友人の隣に、今日付けで部長職を引き継いだ二年生の先輩がどかりと腰を下ろした。右手に飲み物が入ったグラスを持ち、左腕は友人の肩に回していることから、その場限りの声かけではなく話し込むつもりのようだ。新部長が移動してきたことにより一つの可能性が浮上して周囲を見てみると、ほかの先輩方も各々席を移っていた。先輩も別の人と話しているものと思ったが、一人同じ場所でグラスを傾け、料理をつまんでいた。新部長につかまってしまった友人に申し訳ないと思いつつ、俺はトイレに行くフリをして立ち上がった。
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