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「先輩、お疲れ様です。少しいいですか?」
「あ、成瀬くん。お疲れ様。大丈夫だよ」
先輩は持っていたグラスをテーブルに置いた。グラスの中で、薄茶色が揺れる。多分、カルーアミルクというやつだ。
「どうしたの?」
自分から話しかけたのに何も言わない俺を気遣って、先輩のほうから訊いてくれた。
……しまった。今日を逃したらもう訪れないだろうこの絶好の機会を掴み損ねてなるものかと勢いで来てしまったのもあり、どう切り出せばいいか整理がつかずに言い淀む。そもそも、先輩の中にはまだあの日のことは残っているのだろうか。まさか、もう過去の何気ない一言になっていて、俺が話したところできょとんとした顔をされはしないだろうか。俺は考えすぎてちょっとしたパニックになってしまっていた。
「……もしかして、買い出しの日のこと、かな?」
「あ……そうです」
結局、先輩に言ってもらう始末。でも、おかげで先輩も覚えているのだとわかった。
「俺、ずっと残ってて……。それで、今すぐは無理ですけど、俺が勝手に思って言ってるだけなんですけど、いつか、いつか……」
「……成瀬くん」
「──っ。はい」
「手出して」
「はい……って、え。手?」
「いいから」
まだ言い終えていなかったけど、てっきり断られると思ったのに、返ってきたのは想像もしない言葉で。不思議に思いながらも、俺は言われるがまま両手を出した。すると、俺の手の平に青い瞳をした白猫のキーホルダーが転がった。このキーホルダーは確か……。
「文化祭で使われた小物……?」
「そう。これ、私物なんだけどね。成瀬くんにあげる」
「……! いや、受け取れないですよ。大切なものですよね?」
「だからだよ。約束の代わりに」
劇で使用されたキーホルダーは先輩が譲り受けたのではなくもともと先輩のものだったと知り、余計に受け取れるわけがないと返そうとした俺の手は、『約束』の言葉を聞いて動きを止めた。俺を見る白猫の青い瞳と、先輩の黒い瞳が重なる。
「……約束?」
「そう。いつか、思い出に残るようなこと、一緒にやってくれるんでしょ? それを忘れないために。成瀬くんに預けるよ」
なるほど。俺はやっと先輩の意図を理解した。今この場で言葉を交わすだけでは口約束で終わってしまうかもしれないから、物に二人の気持ちを託すのだ。今日の約束が、消えてしまわないように。
「あの、先輩」
「ん?」
「お願いしたいことがあるんですけど、いいですか──」
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