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「死体を埋めに行かない?」  先輩の可愛らしい唇が、可愛らしくない言葉を告げた。驚いて顔を上げると、先輩はじっとこちらを見つめていた。  俺の頭の中では、数年前夏の特別番組で見た、はるか海の向こうで起きた殺人事件がぐるぐると駆け回っていた。そんなことあるわけがないと思いながらも、実は先輩は何かしてしまったのではないかと、思考がぐちゃぐちゃになっていく。  先輩が缶入りの炭酸ジュースを飲む。蝉の声がうるさい。  何も言わない俺に痺れを切らしたのか、先輩はベンチから立ち上がり日陰の世界から日向へと歩を進めた。 「そろそろ戻ろうか」  カコン、と音を立てて空き缶がゴミ箱に吸い込まれていった。  俺は慌ててまだ残っていたスポーツドリンクを飲み干して、空になったペットボトルを同じようにゴミ箱に吸い込んでもらうと、両手にスーパーの袋を持って走り出した。  俺と先輩は、演劇サークルの一員だ。今年入部したばかりの一年生の俺と、今年が最後となる三年生の先輩。まだ夏休みは始まったばかりだが、十一月の文化祭で公演する劇の打合せのために集まっていた。今は休憩中で、たまたま買い出しの当番になったのである。  公園を出てからは先輩は何も喋らなくなり、かといって俺から話しかけられるわけもなく。教室に到着するまで、沈黙の時間は続いた。 「お待たせー。いろいろ買ってきたよ」  みんなが待っている教室に入ると、先輩はお菓子の入った袋を手にあっという間にいつものグループの輪の中心に戻っていった。  俺はドリンクと紙コップが入った袋を持っていて、中央の机に静かに置けば、各々勝手に飲みたいものを取っていった。俺も緑茶を紙コップに注いで後ろの席に戻る。 「買い出しお疲れさん。外暑かったろ?」 「まあな。次はお前が行けよ」  同じように後ろに座っていた友人と喋りながら、前の方に座っている先輩を見る。ほかの先輩と談笑している姿からは、先程あんなことを言ったとはとても想像できない。弾けんばかりの笑顔で話しているのは「新しくできたパンケーキ屋に食べに行こう」だとか、「昨日のドラマが最高だった」とか、日常的に繰り返される内容ばかりだ。  きっと先輩は、普段一緒に過ごす時間が長い人たちには言ったことがないのだろう。そもそも、今日初めて口にしたのかもしれないし、その場のただの戯言で深い意味なんてないのかもしれない。けれど、先輩にとっては明日には消えてしまう言葉だったとしても、俺の意識には強烈に刻まれて、離れなかった。 「打合せ再開するぞー」  部長の一声で休憩の時間は終わり、お喋りに興じていた部員の表情がすっと引き締まる。  脚本と台本はすでに準備が進んでいて、夏休み前の集会で部員全員に共有されていた。今日決めるのは、各部員の担当や配役といったものだ。毎年スムーズに終わることはないという役割決め。せめて自分の第一希望は通りますようにと、そっと願った。
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