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プロローグ
「おい、しっかりオレに掴まれ!」
川底に沈んでいきそうになる男の手を掴み、李一心は叫んだ。
相手の意識はない。
何度呼びかけても、目を開ける様子がない。
この手を離したら、間違いなくこの男は死んでしまう。
冷たい水底へと沈んでいく――。
しかし、一心自身も体力の限界であった。
このままでは、オレもこいつも溺れる。
くそ! 絶対に死なせないぞ。
気を失っている男の頬を、一心は両手ではさむ。ためらうことなく男の唇に自分の唇を重ね息を送り込む。
男のまぶたが一瞬、ぴくりと震えた。
死ぬな。必ずオレが助ける!
心の中で男を励まし、自分の意気も奮い立たせる。力を振り絞り、男の手を引きながら、必死に水面へと浮上していく。
「ぶはっ!」
水面から顔を出した一心は目を見開いた。
真っ先に目に飛び込んだのは、無数にまたたく夜空の星。まるで地上に迫り来るほどの荘厳さであった。
「星が、きれいだ」
思わず一心は声をもらす。
さらに、水面にきらきら反射するオレンジ色の光の数々。
目の前に浮かぶ船の甲板から、松明を手に大勢の人が水面を見下ろし叫んでいた。
何を言っているのかよく聞き取れない。だが、彼らの口から時折「陛下!」という言葉が聞こえたような気がした。
一心は彼らに向かって叫ぶ。
「助けてくれ! こいつ、溺れて気を失ってるんだ。引っ張りあげてくれ!」
助けを求める一心の声に、船上にいる者たちが動き出す。
船から小舟がおろされた。
男たちに助けられ、ようやく船の甲板に降り立つ。
「陛下、ご無事ですか!」
「おお、陛下なんというお姿」
「早く湯を沸かし、着替えの用意を! それから侍医だ。侍医を呼ぶのだ!」
そんな声が周りから聞こえたが、一心の耳には入らなかった。
力なく甲板に横たわる男を助けることに必死だったから。
「おい、大丈夫か!」
一心は男の鼻先に指先をあてる。
こいつ息してない!
体が冷たい。唇も紫色だ。顔も青白い。
死ぬのか? こいつ、死んじゃうのか。
「だめだ! 死ぬな!」
一心は男の鼻をつまみ、唇に自分の唇を重ね息を吹き込んだ。
戻ってこい。戻ってこい!
と、願いながら、何度も息を吹き込み、両手で胸を押す。
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