山神様のキノコ

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「おやまあ、雨が降りそうだ」  山で山菜を採っていたタエは、空を見上げて呟いた。  朝は一面真っ青だった空が、鉛色の厚い雲に覆われ、今にも雨が降り出しそうになっていた。タエは、手に持っていた山菜を籠に放り込み、足早に来た道を戻り始めた。  タエは夫と姑、成人した2人の息子と麓の村に住んでいる。貧しい村で大の男3人を抱えたタエの家は、食べていくのがやっとなので、タエは時折こうして山菜を採りに山へ入っていた。 森の中を進んでいたタエが、ふと足を止めた。 「おや、こんなところ通ったか?」  タエの周囲は似たような木が生い茂り、道らしい道は見当たらない。しばし周囲を見渡したタエは、踵を返し歩いてきた獣道を戻る。しかし、すぐに立ち止まり、キョロキョロと周囲を見る。 「あぁ、迷っちまったみたいだ……」  タエの口が焦りから歪む。しばし立ち止まって考えていたが、再び歩き出した。  (森さえ抜ければなんとかなるだろう)  しばらく歩いていたら、ぽつぽつと雨が落ちてきた。 「あぁ、まずい……」  タエは足元に気をつけながら、夢中で歩く。着物がじっとりと濡れた頃、ぱっと視界が開けた。  顔を上げ周囲を見たタエは声をあげた。 「ここは……?!」  目の前には切り立った岩肌とその横にひっそりと佇む古びた小屋があるだけで、周囲は深い森に囲まれている。 「森はまだ抜けてなかったか……」  肩を落としたタエだったが、強くなっていく雨を避けるために小屋へと向かう。小屋の中からは、ぼんやりと灯りが漏れているのを見て、タエは眉間に皺を寄せた。 (こんな山奥に誰かおるんか? もしかして山賊か……? でももう日が暮れちまう。この雨の中、再び森を彷徨ったら死んじまうかもしれん……。えぇい! きっと山神様が守ってくださる。大丈夫じゃ!!)  タエは拳をギュッと握りしめ、力を込めて戸を叩いた。 「すんませ〜ん。麓の村のもんじゃが、道に迷って困っております。雨宿りさせてもらえんでしょうか?」  しばらくしてガタガタと音をたてて戸が開いた。中からでてきたのは、バサバサの真っ白い髪をした皺くちゃの老婆だった。 「こんなところに何のようだぁ?」  顔と同じ、しわがれた声で老婆がタエに尋ねた。 「すんません。私、麓の岩鳥村のタエと申します。山菜採りをしていたら道に迷うてしもうて……。一晩、宿を借してもらえんやろか?」  老婆はタエの頭のてっぺんから足先まで見てから、戸から身を乗り出して空を仰ぎ見た。そして、再びタエに向き直ると口を開いた。 「そりゃあ、大変やったなぁ。なんも無かが、入りんさい」 「ありがとうございます。お邪魔します」  老婆の言葉に表情を緩めたタエは、頭を下げて小屋の中へと入っていった。中は土間と広間だけの質素な造りで、広間の真ん中の囲炉裏に炎がゆらゆらと揺れていた。 「雨に濡れて寒かろう。火に当たんなさい。替えの着物があればいいが、生憎、一人で何もなくてなぁ。体が温まるもんを用意してやるで、待っときなぁ」 「あ、ありがとうございます」  タエが頭を下げると、老婆は目尻を下げ、にやっと笑った。驚いたことに、老婆の歯は欠けることなく全て揃っているのが見えた。  (歯が立派に揃っとる。ウチですら欠けとる歯があるのに……)  タエは驚き目を丸くしたが、老婆は気にせずに土間の端へと向かった。  タエは広間に上がり、囲炉裏の前に座った。 「はぁっ……あったかい」  タエは息を吐き、背を丸めて火にあたった。暖かさから、安堵からか自然と顔が緩んだ。  しばらくすると、老婆が鍋を持ってやってきた。 「山菜汁の準備したで、火にかけるな」  そう言うと、老婆は古びた鍋を囲炉裏に吊るした。 「ありがとうございます」 「そう気ぃ遣いなさんな」  タエが申しわけ無さそうに頭を下げると、老婆は手を振りながら笑った。
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