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「山菜を採りに山へ行って参ります」
タエは朝餉を食べているお松や安吉たちに頭を下げ、足早に家を出た。
「またどこぞをほっつき歩くのかい! この役立たずが!」
後ろから、お松の喚き散らす声が聞こえたが、タエの耳には届かなかった。
***
(キノコ、キノコ、キノコ……)
道なき道をタエはひたすらに進んだ。おギンの住む小屋までの道を覚えているはずが無のに、何かに惹きつけられるかのように、迷いなく進んでいく。
そして、一刻ほど歩き続け、遂におギンの小屋に辿り着いた。おギンは小屋の前に立っており、タエを見て口角を上げた。
「おやまぁ、タエさんじゃないか! どうしたんか?」
わざとらしいおギンの声が辺りに響く。しかし、タエはそのことに気づくことなくおギンに縋るように近づいた。
「あぁ、おギンさん……キノコを、あのキノコをもう一度食べさせてもらえんやろか? 体中があのキノコを食べたがって敵わんのや!!」
叫ぶように必死に頼むタエを見て、おギンは更に口角を上げた。
「あぁ、タエさんはあのキノコがそんなに気に入ったんやな。だがなぁ、あのキノコは特別なキノコなんじゃ。残念ながら、そうそう手に入るもんじゃなかよ」
「私も一緒に探します! どうか、生える場所を教えてくださいっ!」
「いいかい、タエさん。あのキノコはほんに特別なキノコなんじゃ。そう簡単に人に教えられるもんじゃなか」
おギンは首を緩く振り、残念そうにタエに語りかけるが、タエは引き下がる気配がない。
「そこを何とか!! 誰にも言わんし、何でもするんで!!」
タエが叫ぶとおギンの目が真剣なものに変わった。
「本当に何でもするか?」
おギンの声が地を這うように重く響く。
「あぁ、あぁ、何でもするけぇ……」
おギンの笑みが更に深くなる。今にも口が裂けそうだ。
「あのキノコはなぁ、特別なんじゃ。あれは人の死体にしか生えん。キノコが欲しかとなら、死体を持ってこれるか?」
おギンの言葉を聞き、タエの動きが止まる。
「……まさか!?」
驚きからガクッと項垂れ地面を見つめるタエに、おギンが問いかけてくる。
「どうじゃ?」
暫く動きを止めていたタエが顔を上げると、おギンの顔はタエが知っている柔らかな老婆の顔ではなかった。目が吊り上がり、口が大きく裂け、覗く歯は、人間のものと思えないくらい尖っている。
「ひっ…………」
タエは驚き、尻もちをつく。
「あのキノコが食べたかろ? だったら死体ば持ってこな……」
おギンの顔──いや、鬼婆の顔がタエに近づいてくる。
「うわぁ〜〜〜!!」
タエは必死で村まで走った。どこをどう走ったのか全く覚えていない。村に着いた時には足は傷だらけで、着物の裾は木や岩に引っ掛けて、破れたり解れたりしていた。
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