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タエが村から飛び出してからひと月後の夜。家の戸を叩く人がいた。安吉が不審に思いながら僅かに戸を開けると、そこには黒い染みが幾つも浮かんだボロボロの着物を着たタエが立っていた。乱れた髪の隙間から覗く瞳は血走り、恐ろしさを感じる。
安吉が言葉を失い立ち尽くしていると、お松が近づいてきた。
「安吉や、どうしたんじゃ?」
安吉の肩越しに外を見たお松も絶句する。そんな二人の様子を見ていたタエがニイッと笑った。
「──安吉さん、お義母さん、山には美味しいキノコがあるとですよ」
そう言うと、タエが手を振り上げた。手にはナタが握られており、次の瞬間、安吉から血しぶきが上がる。
「ぎゃあああ!!!!」
悲鳴を上げたお松もすぐに血塗れになり地面に倒れ込んだ。倒れた二人をタエは不気味な笑みを浮かべたまま見下ろす。突然のことに驚いた息子達は恐怖から叫び声を上げながら裏口から逃げ出し、隣人宅へと駆け込んだ。
「た……助けてくれっ!」
「おや、安吉さんとこの栄吉さん? こんな遅くにどうした?」
「そっ、それがっ……母さんが山姥になって帰って来たんじゃ!」
タエの二人の息子は、これまでのことを隣人に詳しく話して聞かせた。
話を聞いた隣人は、恐怖に震えながらも、タエの息子達と斧やナタを手に握りしめ安吉の家に向かったが、そこにはタエの姿も安吉、お松の姿も見当たらなかった。
翌朝、明るくなってから改めて安吉の家に行くと、血の痕が山に向かって続いた。村の男衆総出で三人を探したが、山の中に入ると血の痕も消え、見つけ出すことはできなかった。
村人達は「タエさんは山神様のキノコを食べて、罰が当たって山姥になったんじゃ」と噂しあった。
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