あなたに似合う色になりたい

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あなたに似合う色になりたい

 四月の二週目の月曜日。  本校舎の二階の端にある教室は、浮足立った空気に満ちていた。  ついさっき、高校の入学式を終えてこの教室にやってきたばかりなのだ。無理もない。 「外人さん?」 「日本語通じるかな?」 「クラス名簿では、カタカナの名前なんか入ってなかった気がするけど?」  今日は式がメインで、教室では簡単な説明と紹介があっただけだから、すぐに下校時刻になった。  帰り支度をしていると、そんなふうにひそひそと話し合う声が愛梨(あいり)の耳に入ってきた。  新しいクラスメイトたちは、愛梨にとっては全員初対面だったが、彼らの中の何人かは、同じ中学からきた面々もいるらしい。  気づけば、すでにグループがいくつかできている。  悪い人たちではなさそうだけど、ぶしつけな好奇心を向けられるのは、高校生になった今も苦手だ。  慣れたからいちいちビクビクすることもなくなったけど、気軽に話しかけられるような性格でもないため、愛梨はさっさと教室を去ろうとした。  どうせ、明日の授業中にでもクラスメイト全員の自己紹介とかをやるはず。  外人ではないということは、その時に説明すればいいと思った。 「ねぇねぇ、それ、カラコン?」  席を立った瞬間、後ろの席の女の子が話しかけてきた。  振り返ると、金髪の女の子がいた。  金髪といっても、明らかに染めている。  化粧が濃いし、いかにもガラが悪そうな子だった。 「え、と……」 「髪、キレーだね。どこで染めてんの? あたしも去年の夏休みに銀髪に染めようとしたことあったんだけど、汚い灰色にしかならなくってさぁ、ブチギレたんだよね」  愛梨が返答に詰まっている間に、さらに言葉を続けられる。  どうしよう。  下手におもしろくない答えでも返したら、私に対してもブチギレられてしまうのだろうか。  そう思うと、なんと言っていいのかわからなくなって、愛梨は立ち尽くしたまま固まっていた。 「あ、ごめん。あたし、平川步奈(ひらかわあゆな)」  名前がわからないから返答に困っていると思われたらしく、名前を名乗られる。  でも、それには助かった。 「……えっと、私、月島愛梨(つきしまあいり)。お母さんがフィンランド出身で……目と髪の色は生まれつき、です。あ、でも、生まれたのは日本で、国籍もちゃんと日本だから……」  ぎこちない自己紹介をしていると、歩奈はいきなり立ち上がって顔を近づけてきた。 「えっ、その青い目、カラコンじゃないの?」 「……うん」 「真っ白な銀髪も?」 「……はい」  小学校の時は、よくそれで『気持ち悪い』とか『おばあちゃんみたいな髪をしてる』とか『人形みたい』とか言われた。  同じ日本で生まれた日本人なのに、愛梨はいつでも『よそ者』のように扱われてきた。  歩奈もすぐによそよそしい態度になるだろうと思っていたが、彼女は予想に反し、ぱぁっと目を輝かせた。 「いいなぁ! すっごい可愛いじゃん!」 「え?」 「すごくない? いつまでたっても、根元から黒い毛が生えてきてプリン頭にならないんだよね!?」 「うん、まあ……」  地毛だから、それはそうだ。 「教師に『髪を黒に戻せ』言われて黒染めスプレーを無理やり吹きつけられることもなさそうだし」 「そんなことされたの?」 「そうなの! ひどくない!? 人生で最初で最後の中学の卒業式だから、可愛い金髪姿で参加したかっただけなのに!」 「…………」  卒業式の日にいきなり金髪で登校してきた生徒がいたら、そりゃあ教師も怒るだろう。 「多様化社会がどうとか偉そうなこと言うなら、髪の色ぐらい自由にしてもいいと思わない!?」  ――日本人なのに、どうして髪が黒くないの?  小学校の時、クラスメイトの女の子に、そんなふうに言われたことを思い出した。  彼女からしたら、純粋な疑問だったのだろう。 『外国の血がまじってるからだよ』と答えたら、『じゃあやっぱり日本人じゃないじゃん』と言われた。  その時の私は、反論するすべを持ち合わせていなくて、ただ悲しい気持ちを噛みしめて黙り込むことしかできなかった。 「……そうだね。平川さんが金髪にしたいなら、それでいいと思う」  彼女なら、まわりの人間がなんと言おうと、それをはねのける力がありそうな感じが伝わってきた。  それがとても眩しくて、羨ましく思えた。 「えっ、平川さんってなに? 名字なんて可愛くないから、步奈って呼んでよ」 「え?」  ツッコむところはそこ?  戸惑う愛梨に、步奈はにっこりと笑った。 「あたしも愛梨って呼ぶから!」  最初は怖い人かと思っていたけど、笑った彼女は、とても可愛かった。 「……うん。ありがとう」 「なんでお礼言うの? 愛梨っておもしろいね」 「そう、かな……?」  また変なことを言ってしまったんだろうか。  すぐに人に嫌われないかと心配になるのが愛梨の癖だ。  しかし、心配をよそに、步奈は愛梨の腕を掴んできた。 「愛梨って電車通学組?」 「……うん」 「あたしもーっ! 一緒に帰ろ!」  步奈に引っ張られるかたちで教室を出る直前、さっき愛梨のことをひそひそと噂していた女の子たちが、物珍しそうな目でこちらを見てくることに気づいたが、そんなことはすぐにどうでもよくなった。  並んで廊下を歩く金髪と銀髪の新入生に、好奇の視線がいくつも向けられてくるが、今日は不思議なぐらい、不快な気持ちはいっさい浮かんでこなかった。 「ねぇねぇ、あたし、明日は赤いカラコンしてこようかな」 「え? なんで?」 「ほら、銀髪碧眼ときたら、金髪赤眼じゃない?」 「どういう理屈?」  そういうアニメキャラのコンビでもいるのだろうか。 「愛梨と釣り合う感じにコーディネートしたいってこと!」 「……っ」  誰かに壁を作られるのには慣れていたけど、誰かに壁をぶち壊されるのは、はじめてだった。  中学を卒業しても、家から少し離れた高校に行っても、結局なにも変わらないだろうと思っていた私の人生だけど、どうやらそうではないらしい。 「步奈なら、どんな色でも似合うと思うよ」  その隣に自分が立てるなら、なんだっていい。  似合いの二人組になってみせよう。
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