2. 弁当族

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2. 弁当族

「本日は4個、お願いします」 午前10時頃、沼館署の担当者から電話が入った。 昼の官弁メニューはアジフライと唐揚げ、ポテトサラダ。 曜日ごとにメニューを変えているが、評判の良い唐揚げだけは1日置きに作っていた。 受話器を置くとさっそく、あらかじめ170度に設定していたフライヤーにアジフライを泳がせた。 官弁は当日注文が原則だった。 予算や栄養量、使用容器なども、各警察署の仕様書で決められている。 時計を見て、唐揚げの調理にも取り掛かった。 特製醤油(しょうゆ)だれに漬けてあった鶏肉に、ブレッダー粉をまぶした。 一個一個を軽く両手で抑え、なるべく丸くなるように成形する。 仕切られた隣のフライヤーにとぷんと落として、待つこと4分。 アジフライを拾ってバットに並べた頃、タイマーが鳴った。 唐揚げを(あみ)ですくうと、(はじ)ける油がじゅわあと騒いだ。 油の海でいくつかが、コロコロ逃げて老いた体をからかった。 最後の一個をバットに上げると、(したた)る油が黄金色(こがねいろ)にきらめいた。 放熱を待って、手際よく朱色(しゅいろ)の弁当箱にアジフライと唐揚げを詰めた。 パート従業員に配達を(たく)し、休む間もなく通常の食堂営業に戻った。 忙しさだけが心の支えだった。 一緒に店を切り盛りしていた妻の悦子(えつこ)は、10年前に病気で他界していた。 徒歩5分の沼館署から、従業員はすぐに戻ってきた。 後ろ手で閉められたガラス戸の向こうに、見慣れない男がぼんやりと立っていた。 座席に空きはある。 なのにお品書きの看板を見ると(うつむ)いて――そのまま、立ち去ろうとした。 長年店を経営していると、理屈では説明できない直感が働くときがある。 「良かったら、どうぞ」 のれんの下から顔を出すと、男は背中をびくんと震わせた。 返ってきたのは太くて低い、かすれ声だった。 「……いいです」 昇は警戒心を解きほぐすように、精一杯優しく話した。 「今ならカウンターもテーブル席も、空いてますよ」 「……だって俺、金ないもの」 年齢は40歳くらいだろうか。 言葉に(にじ)ませた自嘲(じちょう)の色から、昇は状況を察した。 この男、さては――。 「おめ(お前)さん、『弁当族』だか?」 男がばっと振り向いた。 眉間(みけん)(ゆが)んでいたが、怒りの表情ではないと昇には分かった。 「せっかく来てけだ(くれた)もの」 方言まじりでゆっくりと、体格の良い男に語り掛けた。 官弁30年、人生70年。 妻が生きていたら、こうしていたと思った。 「まづ、(おいで)
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