0 ふたつのプロローグ

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 弱き者/汝の名は人間  遥かなる天の彼方/星の瞬きを見るがよい  光と闇の狭間に/我が魂の行方を問わん  □    夜の闇。    戦場。  死は理不尽なものとして、いつも目の前にあった。    俺が戦災孤児の少年であろうと、平等なものとして。  そして傭兵団員の誰一人として、今、目の前の理不尽な死を受け入れようとする者はいない。    傭兵団長のジン・ブレイドは俺の目を見る。  俺は、いつも言われている言葉を思い出す。  ―――― 【ミハエル】 、団に何かがあった時は、お前が【レヴァント】を守り生きぬくんだ (なぜ、その言葉を今、俺は思い出すのだ……)  ジンに言葉を返そうとしたとき、周囲の空間が歪んだ気がした。  頭の奥に重い何かが突き刺さる。  体が制御不能になり、まともに立っていられなくなった。  恐らく敵が、何らかの魔力による攻撃をしかけている。 「魔術師まで動員してやがる、それも相当な使い手ときた。こちらの結界を崩しやがったぜ」  ジンの叫ぶ声が聞こえた。  魔術の圧に押さえつけられた体を、必死に動かした。  立ちすくむレヴァントの元にどうにか辿り着く。  亜麻色の髪が腰まで伸びている、その頭を抱えるようにしゃがみ込む。  彼女の体は柔らかく、小さい。  鳥の群れが羽ばたくような音が聞こえると、千本はあろうかという、矢が頭上より降ってきた。  剣を抜くと意思を反映するかのように、闇のなかにギラリと輝く。  俺は生きる、生きのびる。  レヴァントをかばったまま、降りそそぐ矢を片手で打ち払いつづけた。 「ミハエル、大丈夫か」 「レヴァントを守れ」  大人たちの声が聞こえた。  ジンが、傭兵の仲間たちが、俺たちの盾になるように覆いかぶさってきた。 「やめっ、やめ……ろ!」  もう声が出せない、真っ暗闇だ、重い、動けない。  魔力で強化された矢が、雨のように降りそそぐ。  矢の一本一本が、仲間たちの鎧を突き抜ける。  重い矢は、俺たちの盾となった者の身体に深く突き刺さる。  その突き刺さる衝撃だけが伝わってくる。  そう、衝撃がだけが……心をえぐるように伝わってくる。 (やめろっ、みんな逃げろ! 俺達なんてどうでもいいだろ、逃げろ! 逃げてくれ!)  俺の腕の中で、声を押し殺しレヴァントが泣いているのが分かる。  叫び声を上げる。  意識が遠くなってゆく、傷など何ひとつ負っていないのに。  俺は、大切なものが暗く重たい暗闇のなかに、呆気なく崩れていくのを感じ続けるしかなかった。  待ってろよ、皆の無念は必ず晴らす  必ず、仇をとってやる  闇に潰されながら誓う。  つよく誓い続ける。  必ず仇をとる。  ―――― 繰り返し見るこの夢……俺は、絶対に忘れねえ  ―――― ああ、もうすぐ目が覚める  ―――― 一日がはじまるのだ  □  □  □  組み敷かれる、脆き乙女よ  白き肢体の女  闇の深淵より、声が響く 「聖女よ、我が力を汝に貸し与えん」  光と闇の調和を保ち、世を救わん  白狼の鋭牙を従え、真実を照らす光となりて  □  ———— これは……夢だ  ―――― 目が覚めたら忘れている……私が見る、いつもの夢だ。    ―――― そうだ、いつもの夢だ。  暗い。  何も見えない。  私は目をあけているはずだが。  ここが何処かも思い出せない。  そして何時のことかも……  叫べない。  声を出せない。  顔が恐怖でゆがみ、背筋が反り返る。   さらした肌に夜の冷気が触れる。  地面に横向きで頬を押し付けられると首がねじれる。  湿った地面を背に身体は星空を仰いでおり、四肢を数人がかりで押さえられている。  放せっ  放すんだ……  やめろ   やめてくれ……  全身に力を込め跳ねのけようとする。  しかし、非力な私の体は微動だに出来ない。 「馬鹿が、女だてらに戦の指揮なんぞとりやがって」 「クスリを打ち込んでもこの力か、しっかり押さえておけ」 「鎧を順番に剥いでゆけ。衣服すべても高値で売れる、丁寧に奪い取れ。破るんじゃないぞ」  冷たくドロリとした液体が腹に垂らされると、張り裂けんばかりに両足を開かされた。液体は下腹から下の部位へと、陰毛を浸しながらその奥へ流れていくのがわかる。  やめろ!   やめるんだ、下賤な兵士ふぜいが!  屈辱に絶叫するが、口には布を咬ませられており声は咽頭から頭蓋にひびくのみだった。  獣のような男がのしかかって来る。  自身の香水にまじって、下のほうから男の体臭とわずかに血の匂いがした。   涙が、鼻腔をつたってドクドクと喉へながれてゆく。  全身の肌が、絞ったレモンを振りかけられたような痛みに痺れている。 「敵を蹂躙するつもりが、自らが蹂躙されるとはなぁ、女指揮官さんよ」 「綺麗ないい身体してやがんぜ、傷だらけの俺達たあ大違いだぜ」 「知ってるか? こいつ十五歳だってよ」 「おい、王国の腐敗を正すまえに、自分が正されちまったな」  身動きも、声一つあげられない。  血の涙をながし、背骨が砕けんばかりに全身に力を込めようが、ただただ乱暴に体を汚されていくしかないというのか。  ―――― この屈辱、絶対に許さぬ    絶対に許さぬ  痛みが憎悪に変わり  恐怖が憎悪に変わり  今行われている行為への屈辱すら、強大な憎悪へと変わってゆく  憎しみの闇の中で、男の声が聞こえる。 「三周輪姦(さんしゅうまわ)したら、殺れ。コイツの首を手土産に敵陣に投降する」  ―――― こっ、この者たちっ  口元に詰められた布がわずかに緩む。  懸命に顎と舌を動かし息を強く吐くと、布を吐き捨てた。  誇り無き兵に蹂躙される、自分の無力さに、自らに全ての憎しみが向かう。  なぜだ、なぜ私はここまで    な……ぜ……だ……ぁ  私は、すべての力を持って自身の舌を咬みちぎった。  再び目を開いたとき、周囲には血の匂いが立ちこめていた。    これは、私の血の匂いではない  口の中に溜まっているであろう血は一滴もなく、嚙み切ったはずの舌には傷ひとつない。  立ち上がるとひどい眩暈がする。  目を開いた時から、強烈な違和感につつまれていた。    なんだ、いったい  おかしい  私は衣類と装備していた鎧を乱すことなく装着しており、体に痛みはない。  一歩を踏み出し、何かが足先にあたり下を見る。    戦場でもこれほどの凄惨な現場を見たことが無い。  声に出せなかった、二十人ちかくの兵士が全身を切り刻まれ、血の海に死んでいるのだ。   (……なぜ、こいつらは死んでいるのだ)  突然、顎から頬にかけて不自然な力が入るとガクガクと顎が動いた。  顎が舌が頬が勝手に動く、自身の声でない獣のような声色で闇に叫んでいた。 「無礼者は我の牙で噛み砕いてやったわ、女……マシロ・レグナード。貴様に力をくれてやろう」    必死に両手で口をふさぎ込み、しゃがむ。  なんだ、今の悪魔のような声は。  恐怖で気が狂いそうだ。    誰だ、お前は。  お前は何者なのだ。  答えよ。  闇のなかに巨大な白狼の姿が浮かぶ。  いや。  私自身が……この白狼なのか。  もう、わからない。何が何だというのか。  全身に悪寒がはしり、強烈な頭痛に襲われると意識が遠くなっていった。
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