16 カフカ正教会の地下で

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16 カフカ正教会の地下で

カフカ正教会。  五百人もの信徒を収容できる巨大な規模。  (いにしえ)の時代より変わらぬ威厳をたたえるこの建造物は、いまもなおカフカの人々の信仰の中心であり続ける。  カフカのほとんどの建物が、砂漠の石材から形作られている中で、この教会だけは山岳地帯の奥深くから切り出された高級な石が使われていた。    ―――これは、カフカ正教会その地下牢の一室にて展開される、反体制軍の密会の様子である。    そして今回はマシロ・レグナードの視点でつづられてゆくことになる。  □  地表の光から完全に遮断されており、地下牢全体が不気味な生命を帯びているように感じられた。その暗闇は絶望を呼び起こすまでに漆黒であり、人の業のごとき深さであった。  地下牢の一室では、壁にかかる魔術付与のなされた蝋燭が、揺らめく炎を放ち、その影が不規則に踊る。同調するように揺れる空気と石造りの床、壁。  石造りのテーブルの上には、古代の言葉で刻まれた文書やカフカの文献が広げられているが、暗く読みづらい。   「あくまでも我々、教会組織は平和利用を訴えているのですが」    声が壁に反響する。  私の表向きの意見は『超古代兵器(=ダーククリスタル)』の資源的・平和利用である。しかし、戦争や取り引きの切り札として使える事は百も承知だ。   「しかし、軍部や魔導技術庁は戦術的利用をゆずらないか……世界を幾重にわたって滅ぼすともいう『超古代兵器』の力を」  そう答えたのは反体制軍の指導者【ヴェルデュカス】だ。  その長身の男ヴェルデスは漆黒のローブに身をまとい、顔もフードで覆い隠している。声さえも魔術で声色を変えて喋っているようだ。  さらに呪符で身体をおおっているのだろうか、本来のオーラを読み取ることも出来ない。  ヴェルデスの考えも戦術的利用に近い。  グランデリア王室の打倒を宣言する反体制軍。そのカフカでの本拠地はいま、正教会の地下牢に置かれている。  ―――― 私が彼らに提供したのだ。  まさか反体制軍が教会の地下に潜んでいるとは誰も想像つくまい。    今回カフカで発掘された超古代兵器である『超古代兵器』の使用法をめぐり、王国指導者層の意見は『平和的・資源的利用』と『兵器・戦術的利用』のまっぷたつにわれていた。  現在の所、グランデリア王国内部での『超古代兵器』の所持・使用許可権限は神の名を借りる教会組織にある。  しかし、その超越的なエネルギーを取り出すには『解放術式』を解読する必要があり、王国内において魔導技術庁内を中心にて調査中であった。 「ダーククリスタル、飴玉ほどの……大きさでもグランデリア王都を……全壊させる力が……雇用主……お任せを、もう少しで……術式が解明でき……です」  そう言うと黒髪の女が笑う。どこか、ぬめりつく声が気持ち悪い。  こちらも黒いローブを身にまとった、蛇のような顔をした女だ。  ―――― 配下である蛇人の女【ベイガン・レ・ゼントォアルレ】  背が私よりやや高いために、見下ろすような目つきで私を見る。  その顔つきも見るかぎりは白い蛇のようなのだが、人は美しいという。これは私の感覚がおかしいのかもしれぬ。  魔導技術庁に籍を置いている上級の魔術師だが、目の奥に潜む黒い憎悪に魅力を感じ、数年前に金銭で買収した。  その後、超法規的存在の魔術師ヒクセルキルプスの元に預け修行を積ませている。  教会組織と魔導技術庁は犬猿の仲にあるのだが、魔術にたずさわる者を密かに配下に置いておく必要がある。もちろん並みの術師などいらない、国内でも五指に入るくらいの実力は身に着けていて欲しい。 「ベイガン。いい? 魔導技術庁より先に『超古代兵器』として用いる為の術式を解明しなさい。時間が勝負ですから」  言うと、私は目線を部屋の隅に向ける。  その部屋の隅には魔法陣が幾重にも描かれ、不吉な文様が刻まれた台座に寝かされている女がいる。  レヴァント・ソードブレイカー。   その異様な姿だった。  裸のまま広げた手足を鎖につながれ、魔法の力で眠らされている。  白く美しい素肌には黒く忌まわしい呪詛の模様が描いてある。 「さすがに第二騎士団長の暗殺は、荷が重かったか」  ヴェルデュカスは静かに不気味な声で呟く。 「今回は、魔術改造後の試験も兼ねておりましたから……まあ、ミハエルの腕の一本も落とせず、無様に回収するはめになりましたが」  私はレヴァントの体を睨みつける。 「まあマシロ殿、ここまで戦闘能力と知能の高い要員は他にいない。今、死なれても困る、現在でも十分に幹部としての能力がある」  ヴェルデュカスのレヴァントに対する評価は高い。  「……まだまだ魔術による……戦闘力強化が可能、この娘の自我は……八割の破壊に成功して…います」  ベイガンは湿り気のある手をレヴァントの腕におき説明する。その手が青白い光をおびてゆく。  「まだ完全に自我を破壊した訳ではないのか?」  私の問いにヴェルデュカスが捕捉して説明する。  自我を壊した場合、王国に対する嫌悪や疑念までも共に壊れてしまう恐れがある。そうなると反体制側として利用するためのニセの記憶を埋め込んだ時に噛み合いが悪くなる可能性があるというのだが。 「やって、ベイガン。完全に破壊してちょうだい」  利用できないなら殺せばいい。    以前からヴェルデュカスと計画していた魔術による精神支配である。  記憶の操作や肉体の強化改造、その実験体としてレヴァントを拉致した。  このレヴァントのような洗脳改造した暗殺者を差し向け、王国の指導者や有力者を消してゆく。  そのうえで手にした『超古代兵器』を用い王都を攻撃する。    そして、私自身が教会組織の最大権力者となる大司教となり変わり、ヴェルデュカスを宰相として認可を授ける。    それが私と反体制軍の指導者であるヴェルデュカスの考えだった。  また、洗脳改造をほどこしたレヴァントの過去を調べていくにつれ、興味深いことが分かった。  ミハエルと同じ壊滅した傭兵団の出身であり、恋仲同士であったらしい。  ふたたび、レヴァントの身体を見る。 (私より先にミハエルと出会ったというだけで、彼の気持ちを奪い取った女)  どうして、私より先に彼と出会ったのだ。  私の方が彼にふさわしいのに。  彼は、私を癒してくれる。  私は、彼の必要なものを提供できる権力がある。 (なのに、どうしてミハエルは私のモノにならないの?)  レヴァントの髪を撫で、唇を親指の腹でなぞる。  頬から首筋  そして肩へ  手のひらで、撫でていく。  胸のふくらみを捉えると、潰すように強く握りしめた。  この女が……憎い  この女の、すべてが憎い    ベイガンがレヴァントのこめかみに針を打ち込むと、魔力を流す。  「ウガァアアああぁっ!」  目を覚ましたレヴァントは神経の反射で胃液を逆流させると口もとからまき散らした。  手足は鎖でしっかりと固定してあるため、背骨が折れるほどの勢いで胴体が反り返る。 「あはははは、あなたがマゾヒストでしたら、昇天ものの気持ち良さだったでしょうに、残念ですわね」  口元に手をあてて笑う。  胸の奥がジクジクと捻じれるような心地良さだ。   「大丈夫か? ベイガン。彼女は優秀な頭脳も持っている。反体制軍の指揮官として使える人材だ。廃人にはしないでくれ」 「は……ヴェルデュカス様……ご心配なく。作業は……順調です」  いまだに、このベイガンのぬめりつく声は気持ちが悪く、慣れるには程とおい。 「してヴェルデュカス殿、計画のほうは問題ないのですか?」 「ああ、騎士団側にニセの情報をつかませた。必ず動きがある。そこでダーククリスタルを奪い取る」  ―――― 私の計画には、問題ない  反体制軍がダーククリスタルを手にしようが、しょせんは魔力を取り出す術式や兵器としての利用技術は持ってはいないため、王国との政治交渉にしか使えないのだ。  彼らが、ある程度の仕事をはたすまでは、私の手のひらで踊ってくれればいい。 『超古代兵器』の使用権限を持つのは教会組織であるし、こちらはベイガンという魔導技術の実力者を配下に持っている。 「マ、マシロ様、そ、そろそろ宿に戻る時間かと・・・」  秘書官のトロティが声をかけて来た。 「な、何者っ!」  ヴェルデュカスが抜刀の姿勢を取ると、ベイガンがピクリと反応する。 「私の秘書官のトロティです。先ほど、ご紹介いたしましたが?」 「そ、そうだったな、あまりに影が薄くて忘れていた」  正直言うと、私も連れて来たことすら忘れていたのだが。 (ここまで気配を消せるの……トロティは意外なところに長所があるのね)  「ガぁ、ガあァぁぁっ!」  レヴァントがベイガンの魔術洗脳に声をあげ続けている。 「ベイガン、殺さぬようにお願いしますね」  私は少し微笑むと、ヴェルデュカスに分かれの挨拶をする。  光の差す地上を目指し、トロティと共に暗い地下牢の部屋を後にした。  すべては、私の手の平の上で動き始める。
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