20 王国初代騎士団長・翠蘭(すいらん)

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20 王国初代騎士団長・翠蘭(すいらん)

物語は魔導列車の先頭車両に戻る。  □  ミハエルは夜の闇に抑え込まれてゆく。 「弱きもの、人間よ。我こそは、墜落せし天使ルシルフェルの思念なり」  その一言から生み出される絶望という感情を必死に拭う。  眼前には異形の堕天使の依り代と化した愛すべき者の姿しかない。  そうであってもミハエルは、視線をレヴァントから外すことが出来ない。  彼女の瞳—— 緑色の可憐な瞳が、眼球全体として血に染まった赤い色に変わり果てている。  そこへ。  畳みかけるように災禍はやって来るというのか、もしくは救いの神なのだろうか。    ミハエルの周囲のすべての音が止まる。  魔導列車は走行しているというのに、断続的に車両に流れこんでくる風さえも止まった。しかし、車窓から見える星は流れている、何かが空間に作用しているのだ。  空間が歪み、時空が広大に避けてゆく。  空気が(きし)む音をあげながら、周囲の世界が崩壊していく。  走行中の車両の中にいたはずが、巨大な魔法陣が地平に幾重にも描かれた暗闇の空間にいる。  ———— 魔術により展開された、広大な空間  天と地は黒の一色。宙には数本の朽ちた石柱がたっており、神殿の廃墟のようにも思える。  その廃墟にミハエルとレヴァントがいて、そしてダーククリスタルがある。  光と闇が宙に渦を巻くと、ふたたび(きし)むが連続した。その渦の中から二つの影がゆっくりと姿をあらわす。  一人は深紅の美麗な東方の民族衣装(チャイナドレス)を纏った、黒髪長髪で白身の美女―― セメイオチケ  一人は力強い体躯を黒に近い紫色のローブが覆う。そこには複雑な魔術の符号が刺繍されている―― 魔術師ヒクセルキルプス  セメイオチケは到着と同時に、ミハエルの心に言葉を送っていた。  :ミハエル、よくやりましたね。私とヒクセルキルプスの作戦通り、堕天使ルシルフィルは心に強い憎しみをもつ者を依り代として顕現しました。  世界の未来の為、私達はルシルフィルを抹殺します。  ミハエルは戦慄をおぼえる。  レヴァントの恐るべき変容、さらに畏怖すべき存在と言えるセメイオチケの出現。   極限に近い混乱状態のなかにあって、必死に考えをまとめる。  つまり武器商人マルセリウス・グラントがくれたダーククリスタルの破片は、堕天使をおびき寄せるためのエサになった。    魔導列車というダーククリスタル本体のエネルギーが満ち溢れた空間。そもそもダーククリスタルは堕天使の怨嗟が形となったもの。   そこへ、王国に強い恨みを持ち、かつ本来の自我が損傷した状態のレヴァントが反体制軍に差し向けられてやって来る。   ルシルフィルの思念体が ―― 破片を手にしたレヴァントを依り代として憑依することで ―― この世界に肉体をもって顕現することが出来る……ということか。  しかし、何故  わざわざ顕現させる。  まさに災厄ともいえる堕天使を顕現させるとか、ミハエルの頭脳ではまったく理解がおよばない。  ミハエルが必死で頭脳を回転させるなか、ヒクセルキルプスが青白い魔力を身体から放ちつつも叫んでいた。 「翠蘭 —— スイ・ルァン —— 今こそルシルフィルを滅する時だ。きっちり援護してやる、やれ! 娘ごと斬れ!」  まず、ミハエルは言葉の意味が理解できなかった。しかし、この言葉はまさにそのままの意味であると結論づけるしかない。  つまりレヴァントごと堕天使を斬る……  まさかレヴァントごと斬らせるわけにはいかない。  そう思うミハエルは、無意識だろうか魔術師の口にした名前を反すうしていた。 「翠蘭(スイ・ルァン)? ……だとぉ」  回転を続けるミハエルの脳内に何かがつながるように光が走った。全身の痛みに苦しみつつも記憶の片隅にある伝説とも言える物語を思い出していた。  * * *  数百年の昔、砂漠の遺跡で偶然この世界に顕現した堕天使ルシルフィルの手によって、当時のグランデリア王国騎士団三百名の部隊が壊滅する。  その殺戮はひどいものであり、遺体の見分けもつかぬほどに惨たらしいもだったという。  その時の騎士団長は東方民族出身の女性剣士【翠蘭(スイ・ルァン)】  そして副官の魔法剣士は【アドラード】    * * *  :そのとおりです。王国第二騎士団長ミハエル・サンブレイド……貴方は私の可愛い後輩になるのです。   私は復讐を誓い、妖魔に魂を売りセメイオチケとなりました。そうして人間をはるかにこえる寿命を得ることが出来ました。   ええ、翠蘭としての記憶と名前、光も、声も、すべて神殺しの剣技の為に捨て去りました。その結果、神界の存在でさえ斬る剣技を身に着けたのです。  しかし、その麗しいセメイオチケの声の響きをかき消し、堕天使の依り代となったレヴァントが笑い声をあげる。 「はっはっはっ、誰かと思えばあの時気まぐれに暴れてやったときの女か? 下等なる存在なれど、なかなかに美味なるものであったぞ。配下を守れぬ絶望のなか、婚約者の前で辱められ浅ましくも発狂した……貴様の精神は滅多に味わえるものではなかったわ」  その言葉を受けてなおセメイオチケは『無』の心境だった。左右の手にそれぞれ赤い剣が揺らぎをもってあらわれ二刀の構えをとる。  廃墟の魔術空間に青白い雷鳴が数本ほとばしった。  ヒクセルキルプスが指をならすと、空間全体にえがかれていた魔法陣が輝き回転を始める。複雑に描かれた紋様と図形から力が解放されていく。  ミハエルの記憶はふたたび深い所をたどった。  ―――― 数百年前、魔導技術庁より破門された出自不明の魔術師。妖魔を自身に取り込み、上級の悪魔をも神への生贄としてささげ、この世界の摂理すら魔術として操作できる超越的な魔術師がいる。  その名こそ、ヒクセルキルプス。  そのミハエルの思考に超越的魔術師はレヴァントと対峙したまま、言葉をもって答えた。 「そうだぜぇ、現役騎士団長のミハエルよ! このヒクセルキルプス様こそが壊滅した王国騎士団の生き残り副官アドラードだ。  堕天使ルシルフィルの思念体を『その娘の魂と結合させて』この世界の存在へと顕現させる。  そして、その魂ごと斬って滅ぼすのさ……王国騎士団員三百名の無念をはらし、我らが騎士団長の名誉を回復するのだ」 「んだとテメェ!!」  ミハエルは絶叫する。彼の砕け散った体の内部に炎が巻き上がった。  —— 魂ごと斬るだと?  *****  恐怖すら覚える実力を持つセメイオチケであるが、命を賭してもレヴァントを斬らせるわけにはいかない・ 「堕天使か何か知らねえが、レヴァントごと叩き斬るってんなら許すわけにはいかねえ!!」  ところどころ骨も砕け、筋肉もちぎれているだろう。  『レヴァントを守る』  その意志だけが彼の体を、魂の芯を立ち上がらせる。
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