36 傭兵団壊滅の真相とマシロの心

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36 傭兵団壊滅の真相とマシロの心

 訓練の翌日。  聖堂騎士団執務室に戻ると、私 ―― マシロ・レグナード ―― は机の上にあるトロティの報告書に目を通していた。 『ザンブルグ戦役についての依頼内容の報告』  これは、ミハエル(とレヴァント)が少年時代に所属していた傭兵団、その壊滅についての調査報告書。  トロティに、かなりの期間と調査費を用いて調べてもらったものだ。  その報告書によると 『八年前のザンブルグ共和国戦において、王国第一軍司令官モヴに反乱の疑いあり。  ジンを首領とするサンブレイド傭兵団を用い、モヴの立てこもるニナハルク砦を壊滅する。  この作戦の指示は、軍部顧問のグォルゲイ・レグナートが行っている』 【グォルゲイ・レグナート】の名前に、大人になった今も恐怖を覚える。忌々しい父の名前だ。  九年前のザンブルグ共和国戦、これは十八歳にして私が経験した最後の戦役だった。この戦役に父の副官として着任していたのだ。  その後、王軍から教会組織に籍を移すがその時の惨状は今でも思いだす。  報告書を指さすと、報告書は魔術が放たれた熱で一瞬のうちに灰となった。部屋を煙が薄く漂う。  大きくため息をつくと、トロティを睨みつけた。 「この程度のことは、わかっている……あれだけの期間をかけて調べておいて、調査結果がこれとは許さんぞ」  しかし、トロティは全く動じず、静かに立ち上がると、入口のドアのカギを二重にかける。  さらには簡易結界の確認を行った。声が外に漏れたり、盗聴を防ぐ働きを持つ結界である。  振り返り、眼前にもどると直立する。 「残っている資料はそれだけです……はい、それだけなのです。  別の表現で言いますと、文字の資料として残せたのが、それだけという話です」  つまりは、文字として残せなかった機密の資料があるというのだ。  顔をわずかに傾け、トロティの目をまっすぐに見つめ口元だけで微笑む。 「言ってみろ」 「実家公爵家の特務班の力を借りました。現役の軍関係者への接触は、さすがに不可能でしたが、何人かの退役軍人から話を聞き出せたようです。まあ……かなりの金貨が必要でしたが」  トロティは、情報を聞き出す相手にかなりの額を提示したのだろう。そして、現役軍人が口をつぐむとは、よほどの危険があるのだろう。 「ほう、必要経費は私の私費で払おう」  そう申し出るが ―― いえ、大丈夫です―― というふうに彼は手のひらを見せる。  そこから、トロティは以下のような報告を口頭でおこなった。  ―――  そもそも王国第一軍司令モヴに反乱の意思はなかった。  グォルゲイ・レグナードの政敵として消されたにすぎない。  モヴ指令の預かるニナハルク砦は、サンブレイド傭兵団に攻撃させて全滅させられた。  さらにそのサンブレイド傭兵団は、王国第二軍中隊の最高戦力を用いて壊滅させられた。  その王国第二軍中隊の当時の指揮官は、現在は騎士団総帥となったソルディン。  傭兵団は数十人の規模ながらも鍛え上げられた精兵のみで構成され、今後王国の脅威になることは間違いなかった。  傭兵団は王国の脅威となることを危惧された。  それだけの理由で壊滅させられた。  すべては、今後自分の邪魔になるであろうモヴと傭兵団を葬り去るために、グォルゲイ・レグナードが仕組んだことだった。  自身の栄華栄達のために。  ―――  報告を聞き終えると立ち上がり、トロティに背を向けた。  予想した通りの内容だった。 「ありがとう……ごめんなさい、少し考える時間を頂戴」 「はっ、少々失礼します。簡易結界はそのままにしておきます」  トロティは部屋をでていく。  拳を木製の机に強く打ちつけた。  想いを寄せるミハエルの、大切なものを奪ったのは自分の父であったという事実。決して目を背けられない内容に胸の奥が重く苦しくなる。 (やはり、ミハエルがいた傭兵団を壊滅させたのは父だったか)  攻撃行動として実行したのは現・騎士団総帥のソルディンだが、指示を出したのは父であるグォルゲイなのだ。  ミハエルの過去を調べていく過程で、ザンブルグ国境戦役で壊滅したジンという男が率いる傭兵団の生き残りだと分かった。  そしてレヴァントもまた、その傭兵団にいたことも。  驚いたのは、その時ミハエルとレヴァントを保護するように指示したのは自分だったという。  当然ながら、保護した戦災者ひとりひとりと面会したわけでもなく、彼らの存在など大勢の戦災者の一部にすぎなかった。  戦争というものは、自分ではない大きな意思が引き起こすもので、私一人がすべての戦災者に対し責任を背負うべきものではない。  そんなことは分かっている。  しかし、目の前の戦災者から目を背けることは、当時の私には出来ないことだった。  戦時において、自分に関係した全ての者を救えなかった思い。    ―――― 死なせていった配下の兵、敵味方あまたの犠牲者たち  それは、今もなお自分の心の奥に暗い自責として残る。  腐った指導者を取り除き、強力な軍事国家を作り上げ大陸の覇権を取る。そして、可能な限り戦争を無くす。  教会組織の……神の名のもとに、大司教になり変わり国の政治を行う。  ―――そのためには、身も心も、どうなろうと構わない。  それが今の私の核となっている。  革命の準備は、着実に進んでいる。  背もたれに深く沈み込み、宙を睨み続けた。    ノックの音が響き、ポットを持ったトロティが入って来る。 「マシロ様、珍しい紅茶を手に入れました。ローレンシア地方で生産が始まった珍しい茶葉で一息つきましょう」 「ああ、そうだな」  心が落ち着く紅茶の味だった。  トロティは目ざとく、こういったものをみつけてくる。 「チェスでもやって、気分転換しませんか?」  トロティはそう言うと周囲の安全を確認し、窓を開く。  この国に吹く、乾いた風が入ってきた。 「ははは、いいだろう。トロティ、お前の連敗記録が更新されるだけだがな」  私は女王(クィーン)の駒を手にする。  荒れすさんだ気持ちが、穏やかになってくる。  しかし、私は知っている、彼がわざとチェスで負け続けていることを。
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