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37 赤眼レヴァント、反体制軍に狂気を放つ
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夜の静寂に包まれたグランデリアの王都。
ときおり対魔障壁の結界がドームのように空に浮かび上がる。
市街地の南側。壮麗な大聖堂が灯りに照らし出されている。
昼間には人々の祈り声が響くその場所も、今は神聖祈禱による灯火と星空に身を委ねている。
夜の闇がいかに濃いものであろうが、ここ大聖堂の地下迷宮の持つ闇には遠く及ばない。
天井のアーチは割れ、隙間から地上の湿気が染み込み、冷たい滴が岩に染み渡る。祭壇の跡もまた、雑多な書類や武器の部品に埋もれ、全ての聖性は消え去っていた。
暗闇の中、かつての地下聖堂だったとは信じがたいほどの荒廃した景色が広がっている。
奥の広間は、今や反体制軍の会議場として機能していた。
石積みの壁に、石畳の冷たい床。
密会。
反体制軍の幹部十名ほど、荒廃した木製の長机を囲みながら、話し合いを重ねていた。
反体制軍指導者ヴェルデュカスと彼の副官が数名、司祭長マシロ・レグナード、蛇人の魔術師ベイガン、数名の暗殺者からなる戦闘要員、覆面はしているものの貴族階級の者から商人までいる。
そして、無理矢理つれてこられているトロティ秘書官。
床と壁には結界をつくる呪符が張り巡らされ、部外者による魔術による捜索や盗聴を防いでいた。
「王国側は、我々が『超古代兵器』(=ダーククリスタル)の強奪に失敗したと思っているようだが……。
王都に入れさえすればこちらの思惑どおりだ。カフカに置いたままでは、強奪しても兵器として使えないからな」
反体制軍の指導者【ヴェルデュカス】だ。
その長身の男ヴェルデスは漆黒のローブに身をまとい、顔もフードで覆い隠している。声さえも魔術で声色を変えて喋っているようだ。
さらに呪符で身体を覆っているのだろうか、本来のオーラを読み取ることも出来ない。
「特殊部隊の入手した情報のお陰で、ダーククリスタルの解放術式はほぼ解明しております。あとは実用化に向けての微調整ですねぇ、これが……また難しい」
魔術師ベイガンは、蛇のような眼をほそめて興奮をあらわにする。
蛇人族である彼女の禍々しい妖気は、時にそれを美しさと錯覚させるものがある。
「『超古代兵器』として……兵器としての実用化です。私の試算では確かに世界を十三回滅ぼせるだけの魔力を秘めているようですから……超古代兵器という呼び名どおり、これは……楽しみですね、きははははは」
ベイガンは舌なめずりをするように、喋りつづける。
放っておくといつまでも話をつづけそうだと、マシロがさえぎる。
「ふむ……
王都の対魔障壁を一時的に解除し、王都を魔物どもに襲撃させる。
その混乱にのり『超古代兵器』をうばい、腐敗した王族、要人と大司教を暗殺……か。
対魔障壁の解除なら、たやすい話だ、任せてもらおう」
マシロは資料に目を通し、そう答えた。
マシロの藍色のフード付きローブには白い刺繍模様が施されており、長い銀髪にも藍色の髪飾りが、闇の中で輝いている。
対魔障壁とは、このゲルニカ大聖堂の地下迷宮に据えられた『レッドクリスタル』の聖なる力
―――その本質は『大天使ニーナファウエル』の涙―――によって、王都に張り巡らされた魔物を寄せ付けない結界の事をさしている。
「『超古代兵器』は我が手勢の精鋭百名が押さえる。貧民街に『超古代兵器』を試しに落としてみる。どれだけの人間が死ぬか分からんが……くっくっく」
フードに隠れたヴェルデュカスの表情は分からない。それでも、不気味な笑い声は、地を這うように響いていく。
「マシロ殿、そこから暗殺した大司教になり替わり『神の導き』として、この革命者ヴェルデュカスに王国の指導権、いや……王権を授けてほしい」
頷くマシロを横目で見ると、ヴェルデュカスは黙々と言葉を続ける。
「新しい国家の誕生だ。私は新グランデリア王国の宰相、貴女は正教会の大司教」
しかし、マシロの意識は違う所へ向いていた。
「……誰かが来るわ」
地上からここの地下聖堂までは、罠をはじめ腕利きの剣士や魔術師を配置している。その警護を破って来る者がいるとは考え難いのだが。
他の者たちも緊張した面持ちで足音に耳を澄ました。
静寂を切り裂くかのように、その足音はゆっくりと、確実に近づいてくる。
広間の入り口に影が現れた。
そこに立っていたのは
ボロボロになった黒のボディスーツにひび割れた赤の胸当ての女暗殺者。
―――― レヴァント・ソードブレイカー
レヴァントは無言で部屋の中央へと進み、長机の上に手を置いた。一同はその異様な姿に一瞬、言葉を失ったが、やがて彼女を見つめ返す。彼女の赤い眼差しには敵意が含まれているように感じたからだ。
「任務……王国第二騎士団長ミハエル・サンブレイドの暗殺は失敗だ。二度もチャンスをもらったのに申し訳ない。
私は疲れた。少し休ませてくれ、用があるなら呼んでくれ」
「休むだと? 貴様、おめおめと生きて帰って来て一言目がそれか?」
狂気が乗ったマシロ・レグナードの声だった。
「申し訳ないと言っただろうが……」
その瞬間、彼女から放たれた魔力が広間に溢れ出し、石の壁を震わせた。燭台の炎が激しく揺れ、地上の風が吹き込んだかのように部屋の空気が変わる。
拳から稲妻の魔術が放たれ、マシロの体を打ち付けた。
「ぐはっ」
マシロが腹をおさえ前のめりに倒れ込むと、瞬間的にトロティが庇うように前面に立つ。
「ぐうぅっ、ベ、ベイガンッ、レヴァントを止めよ」
レヴァントの眼が赤色である限り、魔術による精神支配は効いているはずだ。
「は、はいっ、マシロ様」
マシロの指示を受けベイガンが精神操作の呪法を試みるが何の効果もない。
レヴァントはつかつかとベイガンの側に歩み寄ると、彼女の頭をつかみ壁に叩きつける。そのまま、無力な魔術師が崩れ落ちるのを見下ろした。
レヴァントは冷たい目で他の幹部たちを見回し、言い放った。
「私はイチ暗殺者にすぎないが、これから反体制軍の幹部に加わらせてもらうわ」
聖堂の地下に彼女の低い声が響いた、その発言を否定出来る者はいなかった。
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