6 レヴァント・ソードブレイカー

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6 レヴァント・ソードブレイカー

 『遺跡都市カフカ』  遺跡の跡地に、切り出された岩で築かれた都市。  グランデリア王国の主要都市のひとつにあたる。  大陸の国家間でも交通の要所、文化の混じりあう場所として、重要な位置を担っている。  この世界の星空は、美しく明るい。  星空と三日月が照らすのは、乾いた風の吹く夜だった。   都市を囲む城壁や石畳の道には、薄く生えた苔が光り、さらに月の光を受けてエメラルドグリーンに輝いていた。  所々に刻まれた古代ルーンの文字が灯りとなり、昼間とは異なる独特の空気を生み出す。  しかし、女のいる石造りの宿、気の床の部屋には小さな窓しかなかった。  それでも、その窓は十分に新鮮な空気と光を取り入れている。    彼女は生まれたままの姿を(さら)し、窓辺に立つ。  亜麻色の髪を腰まで伸ばした女。  そのしなやかに鍛え上げられた肢体が、三日月の光を吸う。  彼女は反体制軍のメンバーとして数名の仲間と共に、この『遺跡都市カフカ』に潜入している。  カフカでは遺構の地下深くにて『超古代兵器』と言われる巨大なダーククリスタルが発見された為、王国とカフカ自治軍による警戒態勢がしかれている。そのなかで彼女達はニセの身分証を手に、この都市へと忍び込んだのだ。  カフカ潜入の目的は情報の収集だが、隙あれば王国要人や指揮官級の人物への接触や攻撃を仕掛ける。  反体制軍幹部には王国側の人物とつながりを持つものもいる。連携しだいでは『超古代兵器』の強奪もけして不可能ではないだろう。  □  部屋に近づく足音を、私は捉えている。  それが誰であるかも。 「レヴァント」  ノックも無しに扉を開け、名を呼ばれる。  振り向くのも面倒だ。  呼ぶ声はあの女だ。  銀の長い髪、白地に青色の刺繍のフード。  汚らわしい目をした。  視線は窓の外の夜空から動かさない。  彼女は反体制軍の上層部のひとりだという。  時に他を寄せ付けぬほどの存在感を放ち、戦闘技術も高く、頭も切れる。  だが、好きにはなれない。  私と似たところがあるというのは分かる。しかしどうしても、どうしても肋骨の中を虫が這いまわるような嫌悪感がわくのだ。 「レヴァント……今、第二騎士団長が単独で行動しているという情報が入ったわ」  その声には、かすかに動揺が混じっている。  そこそこに訓練を積んだ戦士なら、この女の心の揺れなど容易く見抜くに違いない。こんな女が反体制軍の幹部とは、先が思いやられる。   「殺ればいいのか? その第二騎士団長とやらを」  迷いのない返答をかえす。 「……そうよ、支度をすませておいて。詳細はまた連絡が来るだろうから」  白いフードをまとった女は、その言葉を返すと部屋をあとにした。  女の足音が遠ざかってゆく。  しかし、あの女、第二騎士団長に何らかの執着でもあるのか?  ―――― ならば自身の手で葬れば良いものを。  □  裸のレヴァントは等身大の鏡を前にする。  星と三日月の光を吸った身体は白い輝きを帯びており、逆に光を放つかのように思わせる。  しなやかな筋肉の一つ一つは見事なまでの調和を見せている。その実力は鍛えた戦闘者にのみ見抜けるもので、圧倒的であり美しい。  そして、どこか高慢な身体である。  彼女は上から下へ、自分の身体を見つめる。  腰まで伸びた亜麻色の髪。  赤い瞳は挑発的な表情を魅力的なものとして引き立て、口角の引きあがった唇は柔らかくも弾みがある。  ふたつの胸は攻撃的な半球を描きつつも尖っており、ウエストはあくまで細い。  腰回りは豊かな曲線を描いているが、たるんでいる訳ではない。  後ろから見ると、巨大な白桃を思わせる尻が持ち上がっている。  全面は黒の混ざった赤毛の陰毛が、獅子のたてがみのように彼女の気高さを象徴していた。  彼女は黒い下着を手に取る。  シンプルなデザインのショーツとブラは強靭さと伸縮性に富んでおり、装飾の無さがかえって純粋な闘争心を研ぎ澄ます。  無駄な動きひとつなく身につけてゆく。  戦闘装備を手にするも、不要な音は立てない。  薄く耐久性に優れた黒いボディースーツを素早く身に付け、赤いプレートアーマーをしっかりと丁寧に装着した。  そのプレートアーマ―には精緻で美しい刻印が施され、魔力によって防御力が強化されている。  彼女は鏡に映った自身を見つめる。  赤と黒のコントラストが鮮烈に暗殺者『レヴァント』の存在を際立たせている。  準備が整った彼女は、静かに部屋にとどまる。しかし、その意識は待ち受ける戦闘へと向かっていくのだ。  □  レヴァントの故郷の村は、彼女が幼いころグランデリア王国に蹂躙され滅ぼされた。  戦災孤児として彷徨っている所を盗賊団に拾われ、やがて王国を滅さんとする反体制軍に身を置くようになる。  盗賊団で培った戦闘技術の数々は、彼女を反体制軍のなかでも一目置かれるものとしていた。  しかし彼女はこう思っている  ―――― 正直いって反体制軍の思想などどうでもいいものだ、と  故郷を滅ぼしたグランデリア王国を、その王国の上層部を、自らの手で葬り去ることが出来ればそれでいい。  ―――― そうだ、この自らの手で  ただ、彼女は時折疑問に感じる。  思い出せないのだ。  故郷の村。  村の名前。  それがどこにあったのか。  どのような村で、周囲の風景はどのようなものだったのか。  両親の顔。  兄弟はいたのか、いなかったのか。  盗賊団の仲間たち、今もどこかで生きているのか。  戦闘を教えてくれた盗賊団の団長は、どうしているのだ。  かろうじて思い出すことが出来るのは、その団長と同じ盗賊団にいた兄みたいな少年の顔。  彼の名前は……?  ―――― 何故だ、何故にこのような大切な記憶を思い出せないのか。 これは、本当に私の記憶なのか。  レヴァントの顔は苦痛にゆがむ。   考え、問い続けるほどに頭は割れんばかりの痛みを発した。  暗殺者『レヴァント』は三日月に絶叫する。  ———— 私は、本当に私なのか と。
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