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みがわり9
わたしは花那の身体を冷たいフロアの床にそっと横たえると、その傍らを離れた。
うっ血し、紫色になっていた加那の顔がみるみるうちに白さを取り戻していった。
わたしは花那を抱きしめたい衝動をぐっと堪え、横たわる花那に背を向けた。
※
すっかり夜の帳が降りた街路を、わたしは人目につかぬよう身を小さくしてあるいた。
新緑の季節だというのに夜風は冷たく、わたしの身体は鉛のように重かった。
わたしは花那をビルの地下に置き去りにして、逃げ帰ろうとしていた。
非情だと思われてもいい。こうしなければわたしの今までの努力が無になってしまう。
わたしは歩きながら花那の運命に思いをはせた。
「あいつ」――花那の実の母親は、きっとまた花那を蘇らせるに違いない。
「あいつ」が夫――花那の生みの父親を殺した時から、すべてが始まったのだ。
花那も一緒に殺そうとして、逆に花那の手で殺された「あいつ」は死んでもなお、花那の中で生き続け、花那を支配している。誰かが花那を――そう、たとえば哲夫がそうだ――愛しかけた時には、いち早くその存在を嗅ぎつけて始末する。花那が誰かを愛した時も同様だ。そうやって花那の祖父母も殺されてしまった。
花那をいったん殺せば「あいつ」はしばらくあらわれないが、何かの拍子に、蘇生して間もない花那の中に、あいつが宿ることだってないとは言いきれない。
だから、非情でも花那には一人で生き返ってもらうしかない。わたしが殺されれば、花那を「殺して」あげられる人間がこの世からいなくなってしまう。
きっと「あいつ」は、花那の傷がいえ、新しい心のよりどころを見つけたころにまた、あらわれるだろう。そして今までと同じように喜々として彼女から大切な人を奪ってゆくだろう。わたしは、そのたびに花那から呼び出され、同じことを繰り返すに違いない。
花那を愛した祖父母が殺害された今、花那を救うことができるのは、わたしだけだ。
花那、心配しなくてもいいよ。必ずまた、駆けつけてあげる。そして何度でも、殺してあげる。これはあなたを愛している人にしかできないことだから。
〈了〉
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