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みがわり1
ドアを押し開いた瞬間、鼻先を覆ったのは濃密な血の臭いだった。
わたしは細く開いた樫材のドアに手を当てると、唾を飲み下した。
ローファーのつま先が戸口のところで固まったまま、中に入ることを躊躇していた。
――きっと何かが起きているにちがいない。おそろしい何かが。
わたしは意を決すると、ドアを再び強く押し開いた。次の瞬間、わたしの視界に飛び込んできたのは、予想を超える陰惨な眺めだった。
わたしはうっと呻くと、体を折り曲げてその場にしゃがみ込んだ。胃がせり上がる感覚とともに、口に当てた指の間から黄色い液体が溢れ出た。
――遅かった。やっぱり「あいつ」はここに現れたのか。
わたしは咳込みながら立ち上がると、改めて室内の様子を確かめた。がらんとしたフロアのあちこちに、プランターの残骸がいくつか転がっていた。
かつてここが飲食店だったときの名残だろう。そして客席が撤去されたフロアの中央に、三つの死体が折り重なるようにして転がっていた。いずれも若い男性で、見覚えのある顔だった。
おそらく命乞いをする間もなかったろう、とわたしは思った。三人の死体に争ったような気配はない。あるものは頸動脈のあたりを真一文字に切り裂かれ、あるものは後頭部を割られていた。「あいつ」が獲物を一撃で絶命させた証拠だ。
もう少し来るのが遅ければ、わたしも彼らのようになっていたに違いない。背筋を怖気が這い上り、わたしは二の腕をかき抱いた。その一方で、わたしは三つの骸に対し冷めた目を向け始めていた。彼らはもう少し、警戒すべきだったのだ。
わたしはバックヤードだったとおぼしき一角に目を向けた。キッチンスペースのあたりは薄暗く、冷蔵庫らしきものの輪部がわずかに見て取れた。私は緊張した。フロアには死体しかないが、キッチンの方に誰かが潜んでいないとは言いきれない。
私は息を詰めると、キッチンに移動を始めた。わたしの感覚は麻痺し始めているのだろう。すでにわたしの関心は倒れている男たちから離れていた。
わたしが死体を見ても逃げだす気にならないのには、理由があった。もっとも恐れていたものを、わたしはまだ見つけていない。
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