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みがわり2
わたしはおそるおそる、キッチンに足を踏み入れた。シンクと大型のコンロが二組づつ、奥には巨大な食器棚と業務用の冷蔵庫があった。営業していた期間が短かったのか、油などの汚れは目立たず、すぐにでも開店できそうな雰囲気だった。
キッチンを一周し、私は胸をなでおろした。どうやら、ここには何もないみたいだ。
わたしが探していたもの、それは花那の死体だった。
「あいつ」の気配に気づき、わたしにSOSを送ってきた花那。一緒にいた男たちがこれほどあっさり殺されているというのに、花那の姿だけがないのはあきらかに異常だった。
この場所――町はずれの雑居ビルに花那を連れてきたのは、動かなくなった三人の少年たちの一人だった。
ネットで親しくなったというその男の子は、花那と同じようにほとんど学校に行っていないらしかった。
「あいつ」の存在に怯え、ひきこもりがちだった花那にその男の子はしばしば「以前のバイト先が空きテナントになっていて、いつでも出入りできるからパーティをやろう」と誘っていたらしい。外出さえままならなかった花那が今日に限って誘いに応じ、その結果、恐ろしい事件が起きたのだった。
――よかった。ここにはいないようだ。
わたしは安堵した。わたしが危惧していたのは「あいつ」が勢い余って花那を、フロアの少年たちと同じ目に合わせたのではないかということだった。
「あいつ」の標的は花那ではなく、花那に近づこうとする者たちだ。花那が誰かに惹かれ始めたと見るや、徹底的に排除しようとするのだ。フロアの三人は、そこを甘く見ていた。「あいつ」の恐ろしさ、執拗さを知っていたにもかかわらず「まさか殺されることはあるまい」とたかをくくっていたのだ。
わたしはキッチンの中からフロアを透かし見た。物言わぬ少年たちは、すでにわたしの関心外だった。花那がいないのなら、ここに用はない。一刻も早く離れるべきだと思った。
キッチンを出てホールに戻りかけた、その時だった。
わたしの耳が、ある音を捉えた。
それは音というより、空気の振動と言ってもいいほど微かな響きだった。
すーっ。
すーっ。
あきらかに人間の息遣いだった。そして、その音にわたしは聞き覚えがあった。
わたしは音のする方にゆっくりと移動した。おそらく、私でなければ聞き分けられないであろう音。
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