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みがわり4
「花那、教えて。あれは「あいつ」がやったことなの?」
花那はゆっくりと頭を上下させた。やはり「あいつ」が現れたのか。
「まだ、その辺にいるのかな」
わたしが言うと、花那はわからないというように頭を小さく振った。
「とにかくここから出ましょう。「あいつ」が戻ってくるかもしれないし。……花那、動ける?」
花那が小さく「うん」と応じたのを確かめると、わたしは手を伸ばし、花那の身体を後ろから抱きかかえた。花那はわたしに導かれるまま、操り人形のようなたよりない動きで立ち上がった。わたしは花那の華奢な体を支えつつ、キッチンを出た。フロアを横切る際にどうしても死体を見ることになるが、いたしかたない。
「目、閉じていいよ」
わたしは花那の手に自分の手を添えた。フロアに出てほどなく、花那の手がぴくりと動き、耳元で息を呑む気配があった。花那の足が止まり、わたしも歩みを止めざるを得なかった。身体を離すと、花那の青ざめた顔が間近にあった。
「ひどい……」
花那は驚愕と怯えに見開かれた目で、死体と向き合っていた。
「仕方なかったんだよ。まさか「あいつ」がこんなところにまで来るなんて、想定できなかったもんね」
がちがちと歯の鳴る音が、耳元で響いた。わたしは花那の手を握った。
「ヒロキたちが「まさかこんな所まで来るわけはない」って言うから……だから……」
「そうだね。誰だってそう思うよ」
わたしは花那をなだめた。到着が遅れた事に対する後ろめたい気持ちがわたしの中で一瞬、はじけた。
花那からわたしの携帯にSOSが入ったのは、補講を受けている最中だった。わたしは適当な理由をつけて補講を抜け出すと、自転車に飛び乗ってこの場所をめざしたのだ。だが、自分が本当に死に物狂いで急いだかどうか、自信がなかった。
「ごめんね、遅くなって」
わたしは花那に詫びた。花那は「ううん」と頭を振って打ち消した。
「私が油断してたから……」
違う、わたしは思った。悪いのは「あいつ」だ。すべては「あいつ」のせいなのだ。
「出よう、花那」
わたしは花那をうながし、店の外に出ようとした。その時だった。
ギィっとドアが軋む音が聞こえ、わたしは足を止めて背後を振り返った。カウンターの奥、「スタッフルーム」というプレートが掲げられたドアが細目に開かれていた。
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