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みがわり5
まさか。
わたしは反射的に、花那の身体を自分の背後に押しやった。わたしたちの見ている前でドアがゆっくりと押し開けられ、奥から人影が現れた。その人物を見て、花那がひっと声を上げた。わたしも見覚えのある人物だった。
「花那……」
姿を現したのは、四十代くらいの年配男性だった。髪は乱れ、血走った眼は飢えた獣のようにぎらぎらと凶暴な光を放っていた。
「こんなところにいたんだな」
男性はざらついた声で言った。薄汚れたジャンパーと両手にはめた皮手袋が、不気味さを強調していた。わたしは花那とともに後ずさりながら、男を睨み付けた。
この男の出現によって、花那は色々とややこしい事態に巻き込まれたのだ。ここでひるんだら、負けだ。
「花那……いいかげん、言う事を聞くんだ」
男の捲くられた袖から、毛むくじゃらの腕が伸びた。
「いやっ、こっちに来ないでっ」
花那はそう叫ぶと身を固くした。
「どれだけ心配かけたか、わかっているのか。お父さんは……」
「お父さんじゃないっ。お父さんなんて、呼びたくないっ」
花那が叫んだ瞬間、わたしの身体は思いきり突き飛ばされていた。床に倒れながら、わたしは花那の名を叫んだ。痛みに構わず体を起こすと、男が花那ににじり寄ろうとするのが見えた。いけない、このままでは、危ない。
わたしは近くの床をまさぐった。ほどなくわたしの手はコンクリート片のような固い感触を探り当てた。幸い、男の関心は目の前の花那にしかないようだった。わたしはコンクリート片をそれとわからぬよう、そっと手の中に収めた。
「花那、いいかげんで聞き分けのないことを言うのは、やめるんだ」
「いやっ、触らないで」
花那は身をよじると、男の手を払いのけようとした。わたしはコンクリート片を握り占めた。ごつごつした表面が皮膚に食い込み、掌が汗ばむのがわかった。
もう少しだ。あいつがこちらに背中を向けるまで、我慢だ。
男の顔が花那の顔に迫り、花那が顔をしかめた。腐ったような男の息がこちらまで漂ってくる気がして、わたしは思わず顔をしかめた。
わたしが動けずにいると、ついに男の両手が花那の両肩を捉えた。無精髭だらけの顔が花那に迫り、わたしはたまらず身を乗り出した。
行くしかないか――
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