みがわり6

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みがわり6

 わたしが立ち上がろうと両膝に力を込めた、その時だった。  花那の表情に、ある変化が現れた。  突然、まなじりが吊り上がったかと思うと、黒目がぎゅっと小さくなった。  いけない、とわたしは思った。花那は「あいつ」と一戦交えるつもりらしい。  男の目に一瞬、怯えの色がよぎった。だがそのあとすぐ、強い光が戻った。 「花那、やっぱりお前は……」  男の指が、肩から花那の首の方へと動いた。次の瞬間、花那の両目が不自然な角度に吊り上がり、小さくなった黒目が瞼の裏に半分ほど入りこんだ。普段の花那からは到底考えられない、異様な形相だった。 「い、いや……」  駆け出そうとしたわたしの足が、ふいに留まった。違う、まだ「あいつ」じゃない。あれは花那の声だ。わたしは息を詰めて二人の様子をうかがった。 「まだ、駄目……」  花那の目に、光が戻った。まなじりが下がり、何かを訴えるように男の方を見ていた。 「逃げて……哲夫さん」  花那は口元をわなわなと震わせながら、男に向かってそう呼びかけた。 「花那……花那なのか?「あいつ」じゃないのか?」  哲夫と呼ばれた男……花那にとって継父に当たる男が、そうつぶやいた時だった。  再び花那の黒目がぎゅっと縮まったかと思うと、口の両端が吊り上がった。どこに隠していたのか、気が付くと花那の右手にはナイフが握られていた。 「花那……やめるんだ」  男の目が恐怖に見開かれた次の瞬間、ナイフの切っ先が一閃した。喉元を水平に薙ぎ払われ、男は大量の血しぶきを上げてのけぞった。鮮紅色の液体が花那の顔にシャワーのように振りかかり、その中で花那が恍惚の表情を浮かべるのが見えた。  わたしはうっと呻くと思わず目を閉じた。やはりこうなってしまったか。  わたしは手にしたコンクリート片を力なく取り落した。ごとりという重い音が響き、花那がゆっくりとこちらを向いた。血しぶきを浴びてまだらに朱く染まった顔の中で、青みがかった三白眼が冷たい光を放っていた。  あれはもう、花那の顔じゃない。「あいつ」の顔だ。 「あいつ」に完全に支配された花那の足元で、哲夫の足がぴくぴくと小刻みに痙攣していた。絶命しかけていることは疑いがなかった。  わたしは床の上に広がった血だまりの上を、花那に向かって歩いていった。
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