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みがわり7
このまま花那が「あいつ」に支配され続ける限り、わたしに勝ち目はない。それでもわたしは花那を救わなければならないのだ。
目の前に立ったわたしを眺め、花那の姿をした「あいつ」は口の形を三日月形に釣り上げた。「あいつ」はきっと嗤っているのだ。少年たちや哲夫の、そしてわたしの愚かさを。
「やっぱり来ていたのね」
わたしは押し殺した声音で言った。
「そう」
愉快そうな笑みをたたえた花那の唇から、短い言葉が吐き出された。
「あの三人も「あなた」がやったのね」
わたしが死体に目をやりながら言うと、花那の目に一瞬、軽蔑するような光が宿った。
「お前に責められるいわれはない。わざと遅れてきたのだろう」
痛いところをつかれ、わたしは押し黙った。確かに私は、花那が危ないとわかっていながら、無我夢中で飛んできたりはしなかった。
花那の身が心配じゃなかった?……ううん、そうじゃない。もし「あいつ」が来ているのなら、下手に正面からわたりあったところで、あっさり殺されるのがおちだ。もしわたしが殺されてしまったら、花那を救える人間がいなくなる。それだけは何としても避けなければならなかった。
わたしは密かに一つの「賭け」をしていた。それは、「あいつ」は花那を簡単には殺さないだろうということだった。「あいつ」の目的はあくまでも花那を己の手中に収めておくこと、そして花那に近づく者たちを排除することだった。つまり、花那本人を殺してしまっては元も子もないのだ。
もちろん、その可能性が全くないわけではない。怒りと憎しみで自暴自棄になった「あいつ」が、花那本人に手をかけるという事態だってありうる。しかしわたしは、花那が殺されない可能性に賭けていた。
「どうしてだろう」と加那の口が言った。
「どうして今まで、お前を殺さずにおいたのだろう」
それは、とわたしは言った。
「花那が本当に愛しているのが誰か、確かめずにはいられなかったから……違う?」
わたしの言葉に「花那」の口元が歪んだ。
「やはり、早く殺してしまえばよかった」
ナイフの切っ先がわたしの方を向いた。血を吸った刃が鈍い光を放った。
「わたしを殺すのね、花那」
わたしは無機的に言い放った。ナイフの先が一瞬、ためらうように揺れた。
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