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みがわり8
「どうぞ。あなたのしたいようにすればいい」
わたしは両腕をだらりと下げた。わたしにはなんのためらいもなかった。
「友里菜……」
花那の声の調子が変化したのを、わたしは一瞬で感じ取った。やはり花那は完全に「あいつ」に支配されてはいなかったのだ。
「うう……やめろっ」
同じ加那の口から、怒りと悔しさの滲んだ声が漏れた。花那に体の支配権を奪われそうになった「あいつ」がもがいているのだ。
「友里菜……ごめんね。また「あいつ」に負けちゃった」
わたしは目を閉じ、ゆっくりとかぶりを振った。
「いいのよ、花那。あなたのせいじゃないわ。「あいつ」のことを聞いていたのに、あの男の子たちはこんなところにあなたを連れてきたんだから。自業自得だわ。哲夫さんは……残念だったわ。でも、彼の言葉も結局、あなたの心には響かなかったのよ。運命だわ」
「友里菜……今のうちに、早く」
花那が私の目を懇願するように覗きこんだ。瞳に溜まった涙をわたしは美しいと思った。
「わかってる。あなたを「あいつ」にみすみす渡したりはしない」
わたしは花那の白くきめ細かな首に、ゆっくりと両手をかけた。花那が瞳を閉じると、目尻から溢れた涙が頬を伝い落ち、わたしの指を濡らした。
「いま、助けてあげるね」
わたしは花那の首にかけた指に、力を込めた。気道の潰れる感触と、それに抗って膨らもうとする力がわたしの指先に伝わってきた。花那の最後の抵抗を、わたしは愛おしいと思った。
「ごめんね、友里菜。こんな嫌なことさせて、ごめんね」
花那が胸を喘がせながら言った。喉のわずかな隙間から漏れる、ひゅうひゅうと言う音がわたしの鼓膜に突き刺さった。わたしは思いきって指先に力を加えた。
美しい顔が苦悶に歪み、眼球と舌が飛び出した。脛骨がぐしゃりと潰れる感触があり、やがて指先から押し返す力が消えた。わたしは花那の首から手を離すと、ぐにゃりと力なく前に垂れた頭を抱き止めた。
わたしは飛び出した花那の舌先にそっと唇を押しあてると、舌根が喉に落ちないよう、丁寧に口の中に収めた。
どうやら「あいつ」は戻って来なかったようだ。わたしは体の奥底から、涙の塊がつき上げてくるのを意識した。これはいったい、誰の望んでいたことなのだろう?
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