柚野×曽田

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柚野×曽田

 ふぅ、と息を吐いて首を横に傾けた。更に逆方向へ首を傾けると、コキコキ音が鳴る。疲れた。久しぶりに新メニュー開発に没頭しているが、中々上手くいかない。 「お疲れっしたー」  山岡の一件がどうにか落ち着いて、早三か月が過ぎた。普段の生活に戻り、一時期不安定だった山岡も長谷川と仲良くやっている。付き合い始めて長谷川の訪問回数は落ち着くと思われたが、むしろ若干増えた。忙しい上に疲れているだろうに、山岡を迎えに来る回数が増えているためだ。  一緒に仲良く帰って行く二人を見ていると、本当にこれで良かったと思う。山岡に支えが出来た。少々胡散臭い部分もあるが、山岡に対する愛情は本物だ。そこを疑うつもりはない。山岡があんなに明るく、幸せそうに笑う日がくるとは正直思っていなかった。トラウマのレベルは人それぞれだが、山岡も美津根も本当に重いものを持っている。  その点、曽田は平凡だ。何もなかったとは言わないが、あの二人に比べれば屁みたいなものであろう。雑草も裸足で逃げると言わしめたメンタルに、黴が生えた心臓。我ながら図太いことは承知の上。 専用駐車場へ向かい、そろそろ車検が近い愛する単車のもとへ急ぐ。 「……」  思わず顔を顰めた。目が合う。すると奴はへらっと緊張感の欠片もない顔で笑い、嬉しそうにこちらへ近づいてきた。  身長百九十センチ弱。馬鹿みたいにデカイその体躯はしっかりと鍛え上げられており、その手足の長さはモデルも嫉妬するレベル。何より腰の位置が高い。隣に並ぶだけで己の短足ぶりを露呈してしまう。  曽田も百八十近い身長だが、彼の前では霞んでしまうだろう。更に曽田の場合悔しいことに筋肉がつかないのだ。ジムに通い専属のトレーナーも付けているのに、中々効果が表れない。引き締まってはいるものの、それだけだ。理想の筋肉質な体には程遠かった。  志間が言うには、体質だそう。ちなみに山岡も同じく筋トレに励んでいるが、彼の場合は曽田以上に筋肉とは無縁のようだ。 「お疲れ様」 「……どーも」  あまり人を見上げたことのない曽田が、首を反らさねば睨むこともできない小さな顔。今日は仕事ではなかったのか、カジュアルな私服だ。  ダークブラウンのロングコートに、薄手のニットとスラックス。なんてことはない恰好なのに、絵になるのが実に腹立たしい。  人当たりの良い美貌が長谷川なら、柚野の顔は人懐っこいそれ。年齢よりもうんと若く見える。表情が若干子供っぽいのが原因だろう。明るい笑顔と明るい性格。明るい、というのが柚野の代名詞であった。  そんな彼は海外からの引き抜き組。久峨が声をかけたことで、今の航空会社に移ってきた。日本には二度と戻るつもりはなかったらしいが、どうしても日本に戻らねばならなくなり帰国したという。  そんな話を山岡から聞かされたのは、つい先日。最近、やたらと山岡が柚野の情報を曽田に流してくる。当人に他意はない。長谷川が教えてくれたことを、曽田に世間話として話をしているだけだ。長谷川がそれを見越して山岡に伝えているのは分かっていて、曽田には頭痛の種となっている。山岡には悪意が全くないので、あからさまな態度も取れない。  曽田は山岡が可愛い。実の弟のようだ。どうにか幸せになってもらいたいと願っていた。その点、長谷川はどんな手を使ってでも山岡を幸せにするだろう。山岡にだけ無害な毒で彼を包囲し、周囲の人間は手も出せない。分かりやすい独占欲と分かりにくい支配欲。それでいて山岡に主導権があるのだからあの二人は面白い。  つい先日も山岡に女子高生がアドレスを記入したメモを渡して、丁度その場にいた長谷川の笑顔が三割増しになったことがあった。大人の余裕かその場では何事もなく済んだのだが、帰宅後大変だったようで珍しく山岡が目を吊り上げて出勤してきた。  何かあったのかと聞いても教えてくれなかったが、退勤時にどんよりとしたものを背負った長谷川が迎えに現れた瞬間、なんとなく状況を察したものだ。山岡に睨まれて謝り通す長谷川に、無視を決め込む山岡。もはや誰も口を挟まなかった。犬も食わぬとやらだからだ。 「なんで、ここに?」 「長谷川さんから、今日は早めに退勤する日だって聞いて」  ということは、情報源は山岡か。長谷川にそれとなく聞き出されていることを、当人は気づいていまい。一人あちらに協力者がいるだけでこうも不利になるのかと、曽田は深く息を吐いた。 「ジムに行く日なんでね。……知ってるだろうけど」 「そんな怖い顔しないでよ。今日は、君に一つ朗報? かもしれないことを提案しにきたんだ」 「提案?」  なんだそれは。持っていたヘルメットを小脇に抱え、話すならとっとと話せと先を促す。しかし柚野は周囲を軽く見回して、ここで話しても大丈夫かと尋ねてきた。一体何を提案する気だと眉根を寄せるが、生憎と客商売の身だ。何がどう不利益になるかは分からない。店に影響が出ることだけは避けたい。  仕方がない。どういった話かは分からなかったが、ジムに行くとだけ告げて曽田は自分のバイクに跨った。  柚野も近くに停めていた愛車に乗り込み、素直に曽田へついてくる。バイクを走らせながら、曽田は提案の内容を考えた。  柚野に口説くと言われて早数か月。これまでまったく相手にしてこなかったが、山岡の例もある。油断はならない。同性愛に偏見はないし、今時珍しくもない。これまで遊んできたのは全て異性だが、おそらく自分は同性でも大丈夫だろうと自覚もしている。  だからといって柚野と付き合うかのかと訊かれれば、答えはNOだ。曽田はこれまで、誰とも付き合ったことがない。遊んできただけだ。相手にもそれを先に伝え、合意の上で付き合ってきた。いわゆる後腐れのない関係だ。相手がそれ以上を望めば、すぐに関係を断った。  悲しいかな。要は、恋愛ができないのである。  こればかりは自分でもどうしようもない。恋愛感情が全く沸かないのだから。生まれてこの方、誰かを好きになったことがない。誰かを特別に思ったこともない。元々フランスにいた曽田は、愛の国で育ったくせに自分の愛情だけは育てることができなかった。足掻いた時期もあるが、結局無駄だった。  行きつけのジムの地下駐車場。バイクから降りると、ついて来ていた高級車が一台。そこから優雅に降りて来る上品を絵に描いたような男。時間帯が時間帯なので人の出入りはまばらだ。それを狙ってのことだが、曽田はバイクに背に腕を組む。 「で? 提案って、何」  相手は年上だが知ったこっちゃない。嫌われたいのだし、遠慮はしない。曽田はニコリともせず、相手を睨みつける。見下ろすのではなく見上げねばならないことが腹立たしいが、今更身長はもう伸びないだろう。 「賭けをしない? 負けたら俺は、もう二度と君の前に現れないよ」  微かに曽田の目が揺れる。それは願ったり叶ったりだが、その賭けとやらが問題だ。勝つ算段があるから言うのであろうし、まずはその賭けを聞いてからだと曽田は口を引き締めた。 「賭けの内容を、聞こうか?」 「簡単だよ。俺、不感症なんだ」 「……は?」 「だから、不感症」 「……。……で?」 「俺と寝てみない?」  話を聞いた自分が馬鹿だったと、曽田がため息を吐く。文字通り吐き捨てる。 「アンタ、馬鹿か?」 「だったら……、どんなに良かっただろう」  何故だか急に、どこか物悲しげに柚野が苦笑を浮かべた。軽口だ。いつものなんてことないもの。しかしやけに引っ掛かりを覚える表情が、曽田には無視できなかった。  どういう意味なのか分からなくて微かに眉をひそめる。尋ねるべきか迷っていると、柚野が軽く肩を竦めて、なんてことない様子で答えた。 「俺ね、IQが高いんだ。そのせいで兄貴たちに命狙われててさ。あ、血は一滴も繋がってないんだよ。俺、連れ子だから」  目を瞠る。急に横される情報量の濃さに、曽田はどう反応すればいいのか分からない。言葉がなかった。 「簡単なことさ。戸籍上の父は俺を後継者にしたい。兄貴たちは俺を殺したい。俺は家と縁を切りたい」 「き、……切れば、いいんじゃねーの?」 「ちょっと難しくてね」 「なんでだよ」 「姉が人質になってるんだ」  曽田の顔色が変わる。聞かなければ良かったと思うが、もう遅い。  柚野の実家、柚野グループは建設業界のトップだ。柚野建設と言えば国内で知らない者はいない。海外事業も盛んで、入社するだけ勝ち組と言われる大企業だ。RCAも相当なものだが、柚野建設とて負けてはいない。  不思議には思っていた。何故、柚野家の御曹司がパイロットなどやっているのだろうかと。確かにパイロットは高給取りだが、柚野グループの上層部とは比べものにならない。  柚野が柚野家の三男であることは志間からの情報で知っていたが、まさかこんな事情を抱えているとは。 「まぁ、そんなことは置いておいて。賭け、乗らない? 俺は君のことが好きだけど、やっぱり好きな子とはシタいしね。でも不感症な俺が君とどうこうできるのかは俺自身、疑問なんだ」 「できなかったらスッパリ諦めると?」 「そう。俺ね、人を好きなること自体が初めてだからさ。君ならいけるんじゃないかと思って。駄目だった時は、もう恋愛自体を諦めるよ」  正直、悪い話ではない。できない可能性の方が高いわけで、賭けとしては曽田の方が有利だ。ただし、柚野が全て真実を話していれば、だ。 (……いや、可能性は低いか)  今の曽田には確認する手段がある。山岡だ。あの長谷川が柚野のことを知らないはずがないし、彼は山岡には嘘をつかない。長谷川が何より恐れるのは山岡からの信頼を失うことだから。  どこから情報が洩れるか分からない以上、この点においては長谷川が山岡に嘘を伝えるのはリスクが高過ぎる。あれは自分と山岡のためなら平気で仲間を売れるタイプだ。それは柚野も同じだろう。 (どうする)  どうする。  悪い話ではない。が、リスクもある。万が一にでも、柚野が反応すれば終わりだ。その場合、この男が自分を口説く日々が継続される。更にもっと強引に迫ってくるかもしれない。  一見、無害そうな見目の良い男。  不感症だと言っているが、事実なのかは不透明。 (……)  視線を落とし、視線を上げ、真っ直ぐに柚野の目を見た。フンと鼻を鳴らし、愛用のヘルメットを放る。  それをキャッチした柚野は少し驚いたように、しかしすぐに意図を理解して笑みを浮かべた。 「一回きりだからな。こんな賭け」 「もちろん」  交渉成立。  柚野は恭しく曽田を自分の車へ促し、曽田は素直に彼の車に乗り込んだ。  リスクもあるが、メリットが大きい。異性に限定されるがかなり遊んできた曽田であるから、今更セックスにどうこう思うことはない。これまで曽田にとって大切だったのは体の相性だ。今回ばかりはそれが真逆であることを祈る。  恋愛なんて面倒でしかない。無縁でいるのが一番。愛なんて信じないし、自分が誰かを愛せるとも思わない。  そういう意味では、自分は心が不感症なのかもしれない。曽田は自分を自分で笑った。  スマホを取り出してジムに休みの連絡を入れる。賭けに勝ったあとはタクシーでも掴まえてジムに戻ればいい。どうせ明日は木曜。店も休みだ。  面倒なことはとっとと済ませて家に帰って寝よう。  やけに座り心地の良いシートに身を委ね、曽田は流れる景色を見つめながら、曽田は小さく息を吐いた。  ◇ ◇ ◇ 「なんで、会員証なんか持ってんだよ。不感症なんだろ?」 「ここのオーナー、長谷川さんの叔父さんなんだ」  会員証必須の、高級ラブホテル。会員になれるかどうかはオーナー次第と言われる、有名なホテルだ。オーナーが趣味でやっているらしいが、それがまさか長谷川の叔父とは。  実にあり得そうな話に、頭が痛い。山岡から長谷川の話をよく聞くが、聞けば聞くほど底が知れない。実家は元極道で今や日本人なら知らない者はいない長谷川警備会社を経営している。CEOの叔父は趣味であれこれ事業に手を出していて、その全てが成功しているツワモノだ。長谷川もいくつか手掛けているようで、祖父に至っては国内外に島とリゾートホテルを複数所有していた。どれだけ金持ちなんだと呆れるレベルだ。  かくいう目の前の男も化け物である。パイロットでありながら、医師免許を持っている。パイロットになってから医学部に通って取得したらしい。休日に知り合いの病院で医師をやっていると聞いた時は、言葉がなかった。 「なぁ。やるにしても、どっちが上?」 「上?」 「だから、どっちが突っ込む? お前童貞なんだろ? 俺でいい?」 「んー。その辺は分からないからぁ。まぁ、勃つかも分からないし、それでいいよ」  それは有難い。最悪のパターンでも痛い思いはしなくて済みそうだ。こんな図体のデカい男を相手に勃起するのかは不安だが、相手も似たようなものだろう。さっさと検証を済ませるために、手っ取り早くバスルームに入った。 「おおぉ……」  輝いている。磨き抜かれている。何より、物凄く広い。つい手が伸びて湯張りのボタンを押してしまった。  普段、狭いアパートの正方形に近い風呂に入っている曽田だ。両足を伸ばせる風呂が魅力的に映らないわけがない。しかもジャグジー付き。ジャンパンまで用意されているではないか。  シャンパンクーラーの中に入った、いかにも高そうなシャンパンのボトル。グラスは二つ。辛いものと酒に目がない曽田は、顔がニヤけそうになるのを抑えられずに、いそいそとボトルを開けた。高速で湯が張られたジャグジーに浸かり、グラスを傾ける。 「うっま……!」  なんだ、このシャンパン。流石は会員制の高級ホテル。出されている酒も一級品だ。山岡が言っていたのはこれかと、舌鼓を打った。当人はホテルだと言っていたが、どうやらラブホテルだったらしい。ホテルでもやることは長谷川と一緒ならばやることは同じだろうに、名称が名称なだけに恥ずかしかったようだ。    柚野のことなんてすっかり忘れて、美味いシャンパンを堪能する。一緒に置いてあったシャインマスカットを口に放り、至れり尽くせりだなと甘酸っぱいそれを嚥下した。 (あ……、やべ)  これ以上は無理だ。やはりグラス一杯が限界か。曽田は大の酒好きなのだが、実はとてもアルコールに弱い。これ以上は危険だとグラスを置き、大きく伸びをした。  ぼんやりと高い天井を眺め、もう一つ大粒のマスカットを口に入れた。果物なんて最近では高級品だ。気軽に食べられるものではなくなった。ソルーシュでもそのせいでフルーツを扱うスイーツの値段を上げた。これから先も物価は上がっていくことだろう。世知辛いことだ。 「ん?」  不意に花の香りがバスルームに充満し始めた。なんだろうと思っていると、一定時間経過するとアロマがスチームで噴き出すとシャンパンと一緒に置いてあるカードに書いてある。  一体なんのアロマなのか。気になってカードを手に取るが、アロマの種類までは書いていない。シャンパンといいアロマといい、会員制ともなると用意が違う。  のんびりジャグジーを堪能しつつ、瑞々しいシャインマスカットを口に放った。ずっとこうしていたいが、そろそろ上がらねば童貞クンが可哀想だ。そう思ってジャグジーから出ようとするのに、なんだか上手く力が入らない。酒を飲み過ぎただろうか。  いや、流石におかしい。ジャグジーに入っているとはいえ、全身が熱い。今までこんなことは一度もなかった。 (おいおい……、これって)  察した時には既に遅い。体に力が入らない上に、どんどん熱くなっている。焦る曽田を他所に、急にガコンッと音がしてお湯が減り始めた。まさに狙ったかのようなタイミングだ。  小さな音を立てて、バスルームの扉が開く。もう一つバスルームがあったのか、バスローブ姿の柚野が中に入って来た。いつもの飄々とした雰囲気はなりを潜め、ジッとこちらを見下ろしてくる。 「大丈夫?」 「……っ、て、めぇ……」  悪態をつくものの、凄みはない。とにかく体が熱い。柚野は曽田をバスタオルに巻いて抱き抱え、軽々と運んでベッドに寝かせた。 「信じてもらえないかもしれないけど、何も知らなかった。俺の方も同じ感じだったんだけど……ほら、俺、不感症だから」 「はぁ? 嘘だろ……」 「嘘じゃないよ。この手の媚薬、一切効かないんだ。酒にも酔ったことがないし。女の子たちに何度か薬を盛られたこともあるけど、ご覧の通り」  あり得ない。信じられなかった。重い体を起こしてバスローブの裾を広げるが、確かに柚野は勃起していない。  深く息を吐き、眉根を寄せて「水」と柚野に頼む。柚野は素直に水の入ったペットボトルを持ってきてくれ、キャップを開けて飲ませてくれた。冷たい水を流し込むと、少しだけ頭がスッキリした。 「念のため長谷川さんに確認したけど、一時間くらいで効果が切れるみたい。脈も少し早い程度だし、大丈夫だよ。成分的にも残らない」  医師免許のせいか、妙に説得力がある。小さく顎を引き、もう一口水を飲んだ。頭はスッキリするが体が熱いままで、柚野の言う通りならあと一時間はこの状態だろう。厄介なことになった。こんな状態では抱くに抱けない。仕方なく別の日にしてもらおうと思った曽田を、柚野が興味津々な表情で見下ろしてくる。 「……何」 「ちょっと試していい?」 「あ?」  何をだ。そう尋ねるより先に、体を触られた。単に脇腹の辺りを撫でられただけだが、息を詰めてしまう。そのまま柚野の手は曽田の腹を撫で、胸元を撫でてきた。媚薬のせいなのか、ツンと尖った突起を抓まれると上擦った声が上がる。 「も、い……って、やめ、ろ……っ」  このままでは変な声が出そうだ。身を捩ってうつ伏せになり胸をガードすると、今度は背を撫でられた。 「ひ、っ」  背中を撫でられたのは初めてで、ゾワゾワしたものが広がる。一瞬だけ腰が浮きそうになり、これは本格的にマズイとベッドから下りようとした。 「駄目だよ。ちゃんと付き合って。そういう約束だろう?」  逃げる曽田の体を引き戻し、半ば強引に仰向けにさせられた。こんなのはフェアではない。しかし、確かに約束は約束だ。変なところで律儀な曽田は、深く息を吐いて顔を背けた。要は柚野が勃起しなければいいだけの話だ。これまで何もなかったのなら、今回も大丈夫だろう。  これを乗り切れば、明日から自由の身だ。柚野に口説かれることもない。恋愛なんて冗談ではないのだし、ここは一つ我慢をする。 「なんか……、いい匂いだね」 「偽アロマ、だろ」 「ああ、なるほど?」  そうなのかと呟いて、柚野が顔を近づけくる。思わず驚いて体を押し返すが、約束だと言われて両手を頭上に固定された。悔しいが、これも全部明日のため。我慢だ。 (念仏でも唱えるか)  否応なく敏感になっている体が反応しないよう、曽田も必死だった。柚野の顔が首筋に迫り、匂いを嗅がれて羞恥が跳ねる。他人に匂いを嗅がれたのは、もしかすると初めてかもしれない。ただ匂いを嗅がれているだけのに、こんなに恥ずかしいものなのか。一応体は綺麗に洗ってあるが、妙にドキドキした。これも全ては媚薬のせいだ。  顔を背ける曽田に、柚野はこれ幸いと首筋を舐める。甘く啄まれ、唇を噛んだ。 「ちょ、待……っ」 「黙って」  グッと息を呑む。早く飽きてくれと祈りながら、頭上でクロスした手を握った。さっきから本当に変だ。媚薬のせいなのだろうが、ゾクゾクする。柚野に触れられるたび、変な声が出てしまいそうで仕方ない。  首筋から鎖骨。鎖骨から胸元。勝手に潤む視界に目を閉じるものの、視界を閉じると感度が上がるようで怖い。薄く目を開き、唇を噛んだまま、どうにか熱を逃がそうと必死だった。 「ン、ぅ……っ、こ、こらっ、舐めんなって……っ」  触れるだけでなく乳首を舐めらて、体が逃げる。しかし柚野は気にした様子もなく曽田の体を難なく組み敷き、そのまま反対側の乳首も口に含んだ。濡れたそれを指で抓み、弄ってくる。  やめろ、と告げるはずの声が甘ったるい吐息にすり替わり、音がするほどそこを吸われて腰が揺れた。これ以上は本格的にマズイ。両手で柚野を押し返すが、巨体はビクともしない。 「っ、ぁ……や、め……、お、ぃ……っ、柚野……、ンンっ」  少し痛いくらいに胸を吸われ、もう一方を乳輪ごと抓まれて声が濡れる。身を捩って逃げようにも柚野の体が邪魔をして動けない。勝手に腰が揺れる。悔しいが舐められるだけで気持ちが良かった。最悪だ。長谷川になんてことをしてくれたのだと怒鳴ってやりたい。  交互に舐められる乳首がぷっくりと膨らむ。息を吹きかけらるだけで感じた。 「な、なぁ……もう、いいだろ? っ、ぁ、おい……こっちは薬で」  変なのだと、そう言い終える前に柚野が体を起こした。助かった。もう検証は済んだらしい。安堵息を吐いて額の汗を拭う。喉をすり抜ける息すら熱く、曽田は今度こそ体を起こそうとした。 「……は?」  何故、バスローブを脱ぐ。  熱そうにローブを脱ぐ柚野。引き締まった体が目の前に迫り、曽田は困惑した。目を何度も瞬き、何がなんだか分からずにいる。 「柚野……? なぁ、終わり、だろ?」  ふぅ、と柚野が息を吐いて汗ばむ前髪をかき上げた。色香を纏う男に、目を疑う。信じられないものを見る目で柚野を見つめ、恐る恐る彼の下肢に視線をやった。 「ん、俺の勝ち」
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