ニチアサよ、祝福あれ。

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「ねぇ、あのさ…」  隣の席に座る少女が、口元に手を当ててこっそり話しかけてくる。 「コンシューのプリキラ、みた?」  耳にポソポソとぶつかってくる少女の声。  これこそが少年がプリキラを視聴する唯一のモチベーションである。  そりゃあもう力強く頷いたとも。  だってプリキラ詳しいって、嘘をついちゃっているんだもん。 「キラヤミーがんばってた」 「うん、えへっ!そうなの。めちゃツヨい」  この他愛ないやりとりのためにこそ、少年はニチアサにばっちり起床し、平日はアマプラで過去話を履修しているのだ。  小学2年生。  男女共に、プリキラはぼちぼち誂われる学年である。 『ボン。頑張ってるなぁ』 『ええ、ええ、なんて尊い。2人のプリティにすっかりキュアキュアです!倍ハレルヤ!』  しみじみと頷いているプレゼンター達は、この少年少女の所謂ひとつのそういったアレを、ニヨニヨしながら見守っている。  初恋、なんていわれたらもう。  事情を知ったママからだって『プリキラ勉強』の許可が降りてしまうくらいなのだから。  この二人の内緒話が始まったのは学童保育での事。いみじくも夏休み。  共働きの両親は、やっと一学期を終えた少年を、しかし学校に通わせ続けた。  少年も大層おむずがりである。仕方ない。 「ほかのみんな休んでるんですけど?」 「うーん……ごめん」 「なんでボクだけガッコーなんですかね?」 「うーん……まぁえっと……ごめん」  両親そろって平謝りするしかないのだ。最近しっかりしてきたとはいえ、朝から晩まで少年を家にひとりきりにする勇気は流石にまだ持てなかった。  なぜなら少年、ちょっぴりアホだから。  いや、学校の成績は悪くないのだ。だからアホという言葉が適当かと言われると難しいところではあるのだが。  猫を追っかけて迷子になる。  大声で歌いながらのんびり遅刻する。  今年の初めに使い始めたものさしなんか既に3本目である。  一人でお留守番は、まだすこしけっこうだいぶかなりすごく早い気がするのだ。  そんな訳でベイソードXを2つ買ってもらえる条件で、しぶしぶ夏休みも小学校に通う事を承諾した少年。  不満を引きずる日々に追い討ちをかけるように、事件は土曜日に起こる。 「アソパソマンのベントーバコじゃーん、子どもかよー!」  大親友テラっちの爆笑が、少年の心をえぐり抜く。  その日の晩、少年は涙ながらに両親に訴えた。 「おとなのやつにして!」 「えぇ、テラっちの弁当箱はどんななの?」 「ボッケモンのやつ!チェストのかたちしてるやつ!」 「ぉ、ぉぅ…」  とりあえず百円均一で適当な弁当箱を購入し月曜日。テラっちとは土曜日しか一緒にならないが、他の子からの視線をとにかく気にする。  今日からはアソパソマンじゃないんだぜ、と、ドヤ顔の少年の横に、ふと、普段は余り遊ばない少女が座った。 「ねぇ、今日はアソパソマンのおベントーバコじゃないの?」 「アレいもうとのヤツだったからっ!まちがえただけだから!」  やや過敏に反応する少年に対して少女は「そうなの?」と首を傾げる。 「レストランのポイントでもらえるやつだよね?アレ。めちゃカワイイくて、ほしかったんだけど、まにあわなかったヤツなの。カワイイよね、アレ」  その言葉を聞いた時の、少年の顔ったらなかった。 「こんどまたみせてよ」  驚きと喜びと不安のごちゃごちゃになった顔と心で、それでも恥ずかしそうに少女の方を向く。 「い、いもうとの、ヤツだから…」 「いもうといるの?じゃあプリキラみてる?」 「………みてる」  観てない。 「えー!キラヤミーがね!めちゃカワイイとおもうの!」 「………わかる」  分かってない。  が、その様子を見ていた天使と悪魔が、この件に限りそっと協定を結んだ事は、天すら見ない振りをして。  少年は、この日から学童保育を嫌がらなくなったのだ。
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