山を頼ろうと思う

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 社会人1年目の夏。俺は初めて易者に占ってもらった。地元の仲間と週末に会う事になっていて浮かれて遠回りした地下道で。 「近日中にサプライズのような体験をします」  そりゃあね、週末に仲間と会うから、きっとその事だろうな、と思っていた。誕生日は秋だし他に思いつかないし。  週末、集合場所の郷志の実家へ。小さな食堂の中に入ると郷志は働いていた。 「悪りぃ店忙しくて。上に舜いるから一緒に待ってて。飯は食った?」 「食べてきた。待ってるから」  店脇の木の階段をギシギシと音をさせて2階を目指す。少し急な階段を魔は普通にあがって行く。小学校の時は薄暗くて怖かったのに。  ドアを開けたら舜が起きあがった。郷志のベッドで眠っていた。 「郷志かと思った。よう久しぶり」  しばしのハグの後に舜が言った。 「ちょっと都会人になったかな」  大声で笑うと俺もつられて笑う。遅れて来た郷志は3つのペットボトルを抱えていた。3本とも種類が違う。昔からそうだ。 「ジャンケンポン」  舜が言ってジャンケンで決める。勝った人から好きなペットボトルを取って行く。 「深平、1番ってあんまないのにスゲェ」  舜が言った。あれっ? 易者の言うサプライズってこれもそうかなと思った。  机の上に置かれていた菓子袋を開けて、それぞれ手を突っ込んで口の中へ。しばし近況報告タイム。 「深平もこっちにいてくれたらなあ。大学終わってこっちに帰って来ると思ったのに」  口の中に菓子を入れたまま郷志に言われた。こっちだってそうしたかったけれど内定貰えた志望の企業だったし。 「で、今年の登山はいつにするか」  言った舜も一緒に3人で、郷志自慢の本棚に飾られている笑顔の少女の写真を見る。 「藍和(あいわ)も毎年、一緒だったのにな。写真で今年も一緒に登ろうな」  浮かんだ涙が頬を流れるまで数秒だった。郷志の妹の藍和ちゃんは村のイベント登山中に体調を崩し・・・・・・。  郷志は誰とも会わない日を送ったことがあった。藍和ちゃんはまだ高校生だった。 「俺は休み取るから2人の都合に合わせる」 「じゃあアレだ。深平の誕生日にしようか」 10月2日だ。一応、予備日を作っておいてほしいと提案した。 「どうする? 2日より早いか遅いか。今年は暑いから早い方が良いけど深平どう」 「大丈夫。まだ余裕あるし早くても良い」  9月の店定休を郷志が確認しに行って、俺と舜の2人だけになった。 「藍和ちゃん、深平に良く東京土産頼んでたよな。私も大学は都会が良いって言ってたな」  3年が過ぎようとしている。東京の話を良く話してとせがまれていた日々を思い出す。  予備日の9月29日に登山。前日に、しかも夜帰って来てバタバタと準備をして早寝。登山当日と翌日の休みをとってあるので気分的に余裕がある。  待ち合わせの登山口には10分前に到着。行ったら郷志が俺の車に近づいて来た。 「舜が少し遅くなるって。車で待ってて」  舜は家が少し遠いし工事を近くでしているみたいだから仕方ないなと思った。  予定時刻になって車を出ようとした瞬間、人の気配を感じてミラーで確認して俯く。 「深平君、会いたかったぁ。私は深平君にしか見えないよ。私あいつを」  ん? という顔で振り返ると、藍和ちゃんはある人物を鬼の形相で睨みつけていた。その先にいたのは舜だった。何で? 何で藍和ちゃんが舜を睨まないといけないのだろう。その理由を後で聞いた時には怒りしかなかった。  まだ紅葉には少し早いが天気は良いし最高な登山日和。約2000m級の山ばかりを選んで登山する俺たち。  ゴンドラに乗り込む。花々が美しい。紅葉したら美しいだろうな。草花を見ながらゴンドラ山頂駅へと向かう。此処へはこれで3回目。日帰り出来て慣れている山だから選んでいる。 「深平君、見てあそこ。白い花綺麗だね」  頷いて藍和ちゃんの手を握り返す。俺にしか見えていないから手を握っていても平気だ。兄の郷志も舜も気づいていないみたいだし。  ゴンドラの山頂駅から約1時間ほどで戻ってこられるのが魅力。3人1列になって歩き出す。 「藍和、見てみな。最高だよな。此の山が大好きだって言ってたよなあ」  郷志が写真を取り出す。俺は隣に立っている藍和ちゃんを見る。泣いて郷志の後ろに立ちリュックにそっと触れていた。  ゆっくりと歩き出す。1番後ろの俺は易者に感謝しながら時折、写真を撮ったり話したり。しばらく互いの生活を話しながら歩いて行って休憩所のベンチに座って水分補給。舜が急に顔をしかめて水筒の中に戻した。 「飲みすぎだよ、急に飲みすぎ」  隣の郷志が背中をさすっている。 「お兄ちゃん、そんなことしなくて良いよ。私にもっと酷い事したんだからコイツ」  隣のベンチに一緒に座った藍和ちゃんが言った。俺は水筒に顔を近づけて離れた。 「普通の麦茶だろ。見たところ麦茶」  郷志も見て頷く。納得していない舜は首をかしげて、郷志に飲んでみるよう水筒を渡す。 「やっぱ麦茶だろ。美味しいよ」 「ふざけんな、唐辛子の味とニオイしねぇの」  頷く俺ら。俺は余分に持って来たペットボトルを1本舜に渡す。これには藍和ちゃんは細工をしなかったようだ。  気を取り直そうと立ち上がった舜と一緒に歩き始めた。藍和ちゃんは俺と手を軽く振ったり、ヤッホーと言いながら軽やかな足取りで進んで行く。これだけじゃ済まない。俺は内心ドキドキしていた。  いつ来ても眺めが良い。舜は少しづついつもの調子に戻ってきている。 「また此処で写真撮ろうぜ」  藍和ちゃんが俺の横に並ぶ。舜のカメラの時だけ。  あっという間だった。山の天気は変わりやすいと言われるけれど良い天気で歩き続ける事が出来ている。  雲の流れを感じたり、深呼吸して澄みきった青空を見上げる。非日常とはまさにコレ。  木々が風を受けてそよぐ。山並もいつもよりはっきりと見える。頂上付近まであんまりゴツゴツとした岩場はないのでキツイと今日も感じない。 「深平君、山ではもう何もしないよ。だって私、山に迷惑かけたくないから。アイツのおかげで前にかけてるから、もうかけたくないの」  ようやく頂上に近くなる何kmかは岩場があってペースダウン。でも頂上に到着した瞬間の喜びはいつも違う気がする。足場の悪いなか真ん中あたりまで進む。頂上と記された柱の前で記念撮影。何もしないって言ってたけれど、今回も舜の撮った写真にだけ藍和ちゃんが写るはず。 「深平君と一緒に撮りたい」 「うん」  思わず返事したけれど郷志も舜も聞こえていなかったようだ。少し離れていたのが幸いしたかもしれない。  2人で記念写真。また宝物が増えた。郷志には話していないけれど、俺と藍和ちゃんはお互い住んでいる地域の真ん中あたりの市で2回ほど買い物して食事した事がある。そのうち1回はお願いされて俺の部屋に来た事もあった。 「そのたびに景色が違うのは良いな」  郷志が背伸びをしながら言ったのに反応したのは俺だけ。舜は蒼白い顔を更に白くしてスマホをじっと見つめている。写っているんだよな、お前の写真には藍和ちゃんがさ。  俺が藍和ちゃんを見るとニヤッとした。そのあと舜を睨んでいた。  そろそろ下山しようとなっても、舜はじっとスマホを見つめてピクリとも動かない。しばらくして郷志と俺のスマホの写真を見せてくれと、風に吹かれて行きそうな声で言う。 「これ見てくれ。俺の写真にだけ藍和ちゃんが」  声が震えている。右手で顔を覆っている。壮大な景色を見て話している他の登山客の声が騒々しく感じてしまう。 「舜が元気ないから励ましたかったんじゃね?」  郷志はそう言って立ち上がり舜に右手を差し出した。よろよろと立ち上がった舜が立ち上がって俺の前を歩いて行く。その足取りがまるで亀のようだった。  下山して昼飯をレストランで。舜は溜め息ばかりついている。 「舜、3人で来れたんだから楽しもう」 頷いてカツカレーを食べた。そんな舜を見つめている藍和ちゃんは無表情。  来てよかった。疲れを疲れに思えないくらいの達成感。今回も無事に下山出来る喜びを、歩きながら藍和ちゃんと手を握ったまま感じていた。  俺にとっては藍和ちゃんと一緒に登山が出来て嬉しかった。心がポカポカしている。  それぞれの車に戻る前に郷志が言う。 「このあと俺ん家にまた集合しようぜ」  車に乗り込み出発。藍和ちゃんは後部座席から助手席に移動して懐かしい話。  店に戻ってから藍和ちゃんに私が見える事を話してと言われていた。俺が見えるのはあの易者に頼んだからだと言う。俺が遠回りしたのもそのせい?  3人でまた菓子とジュース。感想言い合っているうちに藍和ちゃんが俺の背中をくすぐる。藍和ちゃんが生きていたのなら。少し話題が途切れた時を待って舜をじっと見つめる。 「何、深平。俺の顔そんなに見つめてどうすんの」  いつもの舜にスマホの写真を見せろと言う。カーペットの上に置かれていたスマホを見た。 「舜、どうして藍和ちゃんが写真に写ったのか知っているんだろ。知ってたからこそ怯えた」  さっきは顔面蒼白で怯えていたのに、今は開き直ったかのように普通にしている。郷志には此処に来る途中で電話で説明した。藍和ちゃんは郷志と俺の横にいて俯いている。  「舜、あの日は店の関係で集合時間ギリギリになりそうだった。それを見越して先に舜に藍和を乗せて行ってほしいと頼んだよな」  頷く舜。ただその表情は少しづつ少しづつ暗くなってきている。 「舜、藍和は俺ら3人が好きだって言ってた。アレか、自分だけを見てほしかったのか」  郷志が怒りを抑えた低い声で訊いた。 「何だよ、何言ってんだよ、勘繰るなよ」  窓の外を見ている舜に俺は言った。 「舜に藍和ちゃんを任せたのは信頼してるから。郷志のその気持ち分かってたよな」  頷いた舜が小声で話しだした。藍和ちゃんは俺の手を握ったまま目に涙を浮かべている。一体理の間に何があったのだろう。 「郷志、知ってたか。藍和ちゃんが深平に恋していたって事」  これは2人の秘密のはずだったどうして。何で舜が知っているのか。 「知ってたよ。でも黙ってたよ。舜みたいに感情を表に出さなくて優しい深平に任せようと見守ってたよ」  気づいていたのか。藍和ちゃんが郷志に相談したのかもしれない思って横を見ると、『お兄ちゃん敏感だから』とボソッと言った。 「車内で何があった」  偶然見られてしまっていたらしい。俺と藍和ちゃんが駅で手をつないで歩いている所。地元駅じゃなかったのに。 「俺じゃダメって言われたんだ。謝られて何だよってなって。でも俺は何もしていない」  郷志がギリギリまで舜に詰め寄る。 「深平を通して藍和から聞いたよ。すぐ気づいてくれて感謝してたのに。何もしてないって言うけど、藍和を介抱するフリして何した。言わないけど、どさくさに紛れて藍和を傷つけやがって。もう仲間じゃねぇよ!」  唇を噛みしめて拳でカーペットを叩きつける舜。その舜を見て考え込む藍和ちゃん。 「それは違うんだよ。介抱しながらパニックになって。何もしていない、信じてくれよ」  ベンチに横になっていた藍和ちゃんは、俺たちが来る前に他の参加者によって応急処置がされ病院に搬送されたが間に合わなかった。登山口か何処かで蚊に刺された事が原因らしい。 「嘘だろ。まぁ仕方ない。俺も深平もお前を許さない。許したら藍和に申し訳ない。ごめんな藍和。深平、藍和いまどうしてる」  藍和ちゃんは郷志のすぐ横で郷志の手を握り座っている。 「そうか。藍和有難う。舜、本当のことを言ってくれよ。それまで舜を信じていた藍和や俺らの気持ち考えた事あるのかよ!」  舜が土下座。それっきり何も語ろうとはしなかった。  藍和ちゃんの元気がどんどんなくなってきている。具合でも悪いのか聞いてみる。 「舜君があんな風に土下座までして。私ずっと恨んでいたけれど違っていたのかな。私ボーッとしていて。でも・・・・・・舜君の言うように本当に故意じゃなく偶然で、私の思い違いだとしたら」  でも勘違いされる行動をした舜が悪いと言った。  藍和ちゃんが俺と郷志を部屋の外へ。藍和ちゃんがもしかして私が思い違いをしていたのかも、だとしたらそんなに舜君を責めたり恨んだりは間違いになると言った。でも郷志は俺と同じで藍和が苦しんでいるさなかに、藍和が不快に思って傷ついた事実があるのだから、そんな行動をする舜が悪いと言った。  そこへ舜が出て来て帰って行った。藍和ちゃんが背中をじっと見つめている。  藍和ちゃんが泣いている。俺が泣かなくても良いと言うと、もう1度、3人であの山に登ってほしいとお願いされた。それを郷志に話すと全く気乗りしないらしく部屋へと戻って行った。  藍和ちゃんは俺の手を握り俯いている。 「どうしよう、どうしよう」 「藍和ちゃん落ち着こう。そうだ、公園へ行こう。ちょっと落ち着いた方が良いから」  郷志に言ったら一緒に行きたいと言うので3人で出掛けようと1階へ行った。 「舜君どうしたの。すごく暗い顔してた」  心配している母親に郷志は言った。 「たいした事じゃない。ただのケンカ」 「あんな舜君を見た事ないわ」  演技かもしれないだろ、とボソッと言う郷志の呟きに、藍和ちゃんは首を横に振りながら考え込んでしまっていた。  公園のベンチに舜がいた。俺らを見てギクッとなって走って逃げた。何で逃げるんだよ、逃げると余計に怪しいだろ、と思った。  登山する当日の10月2日。郷志と俺は登山口で舜を待ち続けた。3人一緒でと藍和ちゃんが言うので。  郷志が言う。 「今日は藍和はいないのか」  いる。でも藍和ちゃんから郷志にいると言わないでほしいと言われていた。俺はいるようなフリをしてほしくない、あくまでも3人でと言われたのでいないフリをした。 「遅ぇなぁ、どうする。連絡もう1度するか」  藍和ちゃんがソワソワしている。待ちきれず先に行くとメールを入れて2人でゴンドラへ。来るって言って来ないなんて信用なしだ。 「なぁ山だったら許すのかな、あんな大きいから許すのかな。俺は気持ちを整理する為に山に登る」  郷志の言葉に俺は頷く。気づけば藍和ちゃんの姿がない。遅れて来た舜の後ろにいた。 「申し訳ない、会社に呼び出されて。俺がいると色々と面倒くさいのに何で」 「藍和の願いなんだ。俺と深平は気持ちを整理したくて山を頼ろうと思う」  頷いた舜と郷志と俺は、あの日のように歩き、藍和ちゃんの最期の場所のベンチにしばらく手を合わせていた。              (了)
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