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「……イクトは、好きじゃないひととでもできるんだ?」 「……結果的には、そうなったな」 「何だよそれ!!」  ナオはまた叫んだ。本当に、何に腹を立てているのか分からなくて、俺は堪らず聞く。 「なあナオ、さっきから一体何に怒ってるんだ?」 「そういうところだよ! 鈍感!」 「鈍感って……やっぱり寝込みを襲ったことが嫌だったとか? ナオが嫌ってる俺が、許可なしに触ったから怒ってるんだろ?」  そう言うと、ナオは口をパクパクさせながら絶句していた。そして次の瞬間には、いつも以上に目を吊り上げてこちらを睨んでくる。 「……やっぱり。全ッ然気付いてなかったんだな!」 「え、どういうこと?」  ナオはそう言うなり俺の残りの服を脱がせた。そして自分の服も脱ぐとお互い生まれたままの姿になる。それでもナオは俺の上から退かずに、俺を睨んでいた。その目は潤んで涙が零れていて、不覚にもそんなナオが綺麗だと思って息子が反応してしまった。こんな時でも空気を読まないんだな、俺の息子。  幸いナオは見てないから黙っておこう。気付かれないかな。 「嫌ってたら、何だかんだ言ってもそばにいるなんてこと、しないだろっ!?」  そうナオに言われて、考えてみればそれもそうか、と納得する。プールの時だって俺を睨みながらも後ろにいたし、授業中や遊びに行く時だって俺の後ろにいた。……あれ? 俺の後ろにいることが多かったと思うのは、俺だけ?  とりあえず、嫌ってはいないことは分かった。でも、どうしてナオが泣いているのかは謎のままだ。 「……ナオは、俺を嫌ってない?」 「そうだって言ってるだろ鈍感!」  じゃあ何で泣いてる、と喉まで出かかって止めた。言ったらもっとうるさくなると本能が告げている。  でもそっか。ナオは俺を嫌ってる訳じゃないんだな。 「そっか、よかった。じゃあここを出るために協力してくれるか?」  俺はそう言うとナオは「まだ話は終わってねぇ」と睨んでくる。あれ、また俺間違えた? 「お前は、ここから出るために俺に突っ込もうとしてた」 「う、うん……」 「しかもお前は童貞じゃないと」 「そう、だな……」  今まで話したことをもう一度聞かれ、なぜかヒヤヒヤする。悪いことをした訳じゃないのに、ナオに咎められているような気分だ。 「しかも童貞を捨てたのは性欲の発散だと言ったな。相手は恋人じゃないと」  好きなひとじゃないんだな、と言われ、俺は頷く。 「好きなひとには、嫌われてると思ってたから」 「は? ……好きなひといるのかよ!? なんだよそれ! 百歩譲って許そうと思ったのに!」 「え?」  また怒り出したナオに、俺は本当にナオの思考が分からなくなった。もう少しで許してくれるところだった? 俺に好きなひとがいるって聞いて、許せなくなったのか? どうして?  ナオが分からなすぎてグルグル考えていると、ナオは俺の息子を握った。だいぶ萎えてはいたけど、半勃ちの息子にまたナオは目くじらを立てる。 「しかもこの状況で勃ってるとはどういうことだ? ああ?」  こともあろうにナオは、そこを扱き始めた。ナオの細くて柔らかい指が先端を行き来している。そう思っただけですぐにいきそうになった。バレていないと思ったのは気のせいだったらしい。当たり前か。 「ちょ、待って、出るからっ」 「誰だよそいつは。言えよっ」  こうなりゃヤケだ、今度こそ引かれる覚悟で俺はナオの手を止めると、ナオを見つめる。するとナオはなぜか固まった。ん? あれ? ナオの奴、ちょっと怯んだ? 「ナオ」 「な、何だよ……」  俺は好きなひとの名前を言ったつもりだったけど、ナオは呼ばれただけだと勘違いしたらしい。 「俺が好きなのは、ナオだよ」 「…………え?」  呆然と俺を見るナオの手を取り、その甲にキスをする。すると光の速度で手を引っ込めたナオ。やっぱり引かれたか。 「い、イクヤ……それ、本当か?」  じわじわとナオの白い肌が赤みを帯びていく。それは顔だけじゃなく胸あたりまで広がった。しかもまた大きな目に涙を溜め始め、あっという間にそれは零れてくる。 「……ごめん」  ナオが俺を嫌ってはいないとはいえ、脱出するために自分の感情にも言い訳をして、手を出そうとしたのは事実だ。俺は視線を落とすと、ガシッと顔を両手で掴まれる。 「──お前は……っ! どうして肝心なことを最初に言わない!?」  またボロボロと泣きながら、ナオは叫ぶ。どうして、と思ったらまた唇を押し付けられた。 「何のために俺が貞操守ってたか、アホらしくなったじゃないか! 責任取れ!」 「……え?」 「え、じゃねぇ! さっさとやれ!」  そう言って、また唇を押し付けられた。正直キスってこんな色気のないものだっけ、と思うようなそれに、ナオがまったく慣れていないことが分かる。 「……脱出に協力してくれるのか?」 「──馬鹿野郎!」  べチッ、と胸を叩かれた。思わず声を上げると、顔を真っ赤にしたナオが、大きく呼吸している。 「ホント鈍感! 鈍い! まさかここまでとは思わなかった!」 「わ、悪い……」 「ハッキリ言わないと分かんねぇか!?」  ナオは胸ぐらを掴む勢いで──と言っても服を着てないので掴めないけど──俺の胸あたりを両手で揺さぶった。正直裸で何してんだろう、と思わなくもないけど、ナオを落ち着かせる方が先かな。 「ごめん本当に分かんない……」 「俺はお前が好きなんだよ! なのにもう童貞捨ててるとはどういうことだ!」  涙の粒が俺の胸に落ちてくる。俺はやっと納得した。そうか、ナオは俺が好きなのか。 「しかも脱出するために協力してくれとか言うし、性欲発散のためにその辺のひと捕まえてヤッたとか……ホント信じらんねぇ……っ」 「ご、ごめん……」  ナオの剣幕に押されて謝ると、キッと睨まれた。 「俺の初めて……お前にやるつもりだったんだよ! その代わり、お前の初めても……ううっ、もら、もらおうと、思ってたのにぃ……っ」 「ナオ……ごめんな?」  また泣き出してしまったナオに、俺は手を伸ばしてナオの頬を撫でる。そういえば、小さい頃からナオは照れると怒る子だった。ナオの照れ隠しが分からなくなったのはいつからだろう? それはきっと、俺がナオへの気持ちに自覚した辺りからかな。  ……なんだ、これでは鈍感だと言われても仕方がない。笑って欲しいと思いつつも、近寄ると怒るナオに付かず離れずいたのは、俺の方だ。 「ナオ……」  頬を撫でた手が払われなくてよかったと思いながら、俺はナオの手を取る。 「……一緒にこの部屋を出よう?」  柔らかい指を握りながらそう言うと、ナオはこくりと頷いた。
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