III ルーファス様と私

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*** (そんなことも、あったわね)  あれから半年、未だにディキシアナ様を見ると珈琲の粉末をそのまま口に含んだような苦さを感じる。  新しいエプロンに着替えて外に出る。ルーファス様とディキシアナ様の2人はまだショーケースの前でケーキを見定めていた。どうやら、会話が盛り上がっているらしい。 「ねぇ、シア。このオペラが美味しそうだよ」 「ルーが選んだのなら、シアはなんだって美味しいのぉ!」 (誰が悪いわけでもないのだ)  毎度、2人の様子を見る度にじりじりと痛む胸をそっと抑えている。小柄で愛らしい小動物のような彼女。年上なのに、人前で甘えられて、身分も高くて。私に持っていないものを全部持っている。 (ディキシアナ様はそんなに甘いものが好きじゃないですよ。こだわりだってないし、説明だってそんなに聞いてくれない。読書の趣味だってない。私なら、私なら――)  私なら何だというのだ。思い上がりも甚だしい。 「お待たせいたしました。お二人とも、ご案内いたします」  私は上手く笑えているだろうか。  2人を奥の個室に案内して、私はほうっと息を吐いた。
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