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IV リリアンナ伯爵令嬢の憂鬱
(さて、こちらもどうにかしないとですね)
私は先ほどのジェイル様の騒動へと頭を切り替えた。
奥から二番目の個室にいらっしゃるリリアンナ様とミルズ様の元へ向かう。リリアンナ様だけには事情はあらかたバーニーが話してくれているらしい。
「失礼いたします」
お返事を確認して部屋に入ると、リリアンナ様だけが静かに居住まいを正されていた。ミルズ様は不在で、どうやらお花摘みらしい。リリアンナ様が当店自慢のハーブティーを嗜む姿は絵画のように優美であった。
「ウェイトレスのロゼリンヌ、先ほどは助かったわ」
「見に余る光栄です。リリアンナ様。恐れながら私の名はロゼッタでございます」
「本日のハーブのブレンドもとても美味しいわ。ロゼリンク」
(……。)
リリアンナ=リリー伯爵令嬢は、オフホワイトの豊かな髪を縦ロールにした妖艶なご令嬢である。胸元の大きくあいた紫のドレスを着こなす大人の魅力に恋焦がれる者は多いときく。
(確か、ジェイル様とは幼い頃からずっとご婚約されていたはず)
彼女の齢は21歳で、そろそろご成婚してもおかしくない年齢だけれども、年下のジェイル様の学園卒業を待たれているという噂がある。度々、このローズガーデンで恋愛相談会を開くのが趣味で、今日はミルズ男爵令嬢の恋愛相談を受けると予め聞いていた。
(あれ? でも、なんだかいつもと何かが違うような気がします)
物憂げな表情で元気がないからかもしれない。
(まぁ、婚約者の方に浮気を疑われたら凹みますよね)
私には婚約者に浮気を疑われた経験はなかったけれど、その立場になると辛いものがあるのだろう。リリアンナ様は伏し目がちにポツリとこう漏らした。
「恋愛相談を受けているのに、自分の恋愛がうまくいっていないなど、恥も良いところでしたわ。ジェイルを追い返してくれてありがとう」
「いえ、その、何か勘違いをされているようでしたね」
「えぇ、でも、これで良いのです」
ジェイル様はリリアンナ様が浮気をしていると言っていたけれど、リリアンナ様がそのようなことをするとは思えない。
何故ならばリリアンナ様はジェイル様が大好きなのだ。
(私はカフェのオープンスペースでリリアンナ様がジェイル様について惚気ているのを何度も聞いていたのですから!)
リリアンナ様はこのお店が出来てすぐの頃からよくいらっしゃっていた。私の名前は一向に覚えてくれないけれど、よくご友人達と恋バナで盛り上がっていたのを聞いていたのだ。
「……。」
リリアンナ様の顔は相変わらず浮かない。私は思わずこう切り出していた。
「あの、リリアンナ様。まだ少しだけお腹に余裕はありますでしょうか?」
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