IV リリアンナ伯爵令嬢の憂鬱

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* 「ロゼ、それはなんじゃ?」 「元気が出るスイーツです!」  ドン爺が朝の仕込みをしているとき、私もコッソリと準備しているものがあった。歴戦の猛者のドン爺のものとは違って、私の提案するスイーツは何度も試作を繰り返してメニューに加えられるかを検討する。今回のものは、四度目の試作品だ。 (今回こそ上手くできていることを祈って!)  私はパウンド型に入れたソレをソッと包丁で長方形に切り出した。目の細かい茶漉しでココアパウダーを振ると完成である。 「ドン爺、これ一口食べてみてください」 「どれ」  ドン爺は茶色と白色の層が重なったソレをパクりと大きな口で飲み込むと「うぅん」と唸った。 (どきどきします)  私はこのお店で出すメニューは必ずドン爺のチェックを得なければならないというルールを作った。だから、リリアンナ様にお出しするにはここを乗り越えなければ。  ドン爺が白い顎鬚を撫でる。 「うまい。これは後でワシにもメニューを教えてくれるんじゃろうな」 「もちろんです!」  私は親指を立ててポーズを決めた。 * 「これは……なんというか、美しいわね、ロゼッテ」 「お皿の円周にココアパウダーのステンシルで幸運の象徴である星景色と祈りの言葉を描きました。試作品ではありますが、中央のスイーツのお味はどうぞご自身でお確かめください」  これは、隣国にあるというスイーツをこの国風にアレンジして作ったものだ。私が書物を元に解読したもので、オリジナルは私も口にしたことがない。 (だけど、このスイーツを作り続けた人の気持ちはよくわかるわ) 「甘くて、ほろ苦いですわ。でも、包み込むような優しさもあって。まるで恋のよう」 「はい。こちらはティラミスと隣国で呼ばれているもののアレンジでございます。語源は隣国の言葉で”私を引っ張り上げて”――つまり元気になるためのスイーツなのです」  このティラミスと呼ばれるスイーツは、コーヒー味のスポンジと王都チーズと生クリームで作ったクリームを交互に重ねて作っている。一番上の層にはココアパウダーをたっぷり、そしてお口をさっぱりとさせる王都ミントを添えた。 (甘さと苦さが交互に来る恋を象徴するようなスイーツで、使われている材料は滋養強壮に効くハイカロリーなものばかり) 「僭越ながら、少しでもお役に立てればと思ってご用意させていただきました。暫くの間、お楽しみくださいませ」  甘いスイーツに合う、苦めのエスプレッソをソッと置いて、私は個室を後にした。 (願わくば、少しでも元気になってくださることを祈って)
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