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覚悟をして腕で目を庇うが――少し粒が付いたのを感じただけだった。恐る恐る目を開けると、砂の塊は地面にぶつかり、ジェイル様は倒れていた。どうやら、鮮やかな手並みでジェイル様を一撃で気絶させた人が居るらしい。こんなことが出来るのは、私が知る限りでは1人だけだ。
「怪我はないかい? ロゼッタ」
「ルーファス様……! だ、大丈夫です」
長髪の銀の髪を一つに束ねた麗人。私を助けてくれたのは、常連で騎士のルーファス様であった。
この国では王家の次に権力を持つ存在が、王家が抱える騎士団である。常に剣の所持を認められ、治安を守るためであれば、貴族に対してさえも剣を向けても咎められることはないのだ。
「市政でのギフトを使った暴行未遂は軽い罪ではない。――けど、ロゼッタはどうしたい?」
「口頭でのご注意のみでお願いいたします。くれぐれも、穏便に」
「ロゼッタがそう言うなら」
彼は鮮やかな手並みでのびたジェイルをお供の者に渡すと「二度はない」と優しく告げて馬車を見送った。こういったとき、ルーファス様はいつでも私の意見を尊重してくれるのだ。
(ロード家も伯爵家ですから、大事にはしたくないのです)
カフェの経営は正しいこと、杓子定規に法をまもることだけではうまくいかないことを私はよく知っている。波を立てないことも時には大事である。ただし、二度目があれば別だ。私はこの場所を守らなければならないのだから。
「怖かったねロゼッタ。1人で立ち向かうなんて勇敢だけど、少しは他の人に頼って欲しい」
「いえ、ここは私のお店ですから」
ルーファス様が来てくれなければきっと厄介なことになっていただろう。次は刺激しないよう、もっとうまくやらなければ。
「あ、少し砂が付いてしまったね」
そう言って彼は細い指先で私の鼻先の砂を払う。形の良い顔が私の鼻の先に来て、心臓が跳ね上がる。
(わぁぁぁ!!)
私の顔から蒸気が噴き出る。私の心はもうパニックだ。
(るるるるルーファス様のお顔がこんな近くに! わ、私、お化粧大丈夫でしょうか!)
しかし、興奮はその後5秒で終わった。
「ねぇ、ルー。お店砂だらけになったから今日はもう帰るぅ?」
「!」
物陰に隠れてらっしゃったのか、今になって現れたのは小柄なディキシアナ様だ。私の跳ね上がった心臓がピタリと静まる。3歩下がってルーファス様から距離を取って深呼吸をした。
(平静になれ、私)
私が気を落ち着けて案内をしようとしたところに、既に箒と塵取りを持ったゼンゼが助け舟を出してくれた。どうやら片付けは彼がしてくれるらしい。
「ロゼ、着替えろ」
(確かにこのまま奥にまで砂を広げるわけにはいかないわ)
「ありがとう、ゼンゼ。――ルーファス様も、ありがとうございました。奥の個室は綺麗ですから、少しだけお時間いただいても大丈夫であればどうぞ」
優雅にお辞儀をした私はお店の裏手に引っ込んだ。
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