III ルーファス様と私

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III ルーファス様と私

 ルーファス=ミドガリス様は、私の初恋であり、生きる目標をくれた大恩人である。  出会いは私が12歳の頃。辺境の貴族の娘であった私は、その夏、家族に連れられて王都に来ていた。当時の王都では他国の悪党による貴族の子女の誘拐が流行っており、私も例に漏れず誘拐されたのである。  犯人の目的は身代金。他の子達は慈悲深い親がなんとかしてくれたのだろう、10名程の子どもたちが囚われては次々に解放されていく中、私だけが最後まで残っていたのをよく覚えている。 (最も、その頃の私は”もうどうなっても良い”って思っていたけれど)  あの暗く蜘蛛の巣に囲まれた牢で、あの日の私は足を抱えて座り込んでいた。きっと自分には身代金が払われないだろうことを知っていたから――。 *** [回想]  私が要らない子になったのは、私の日頃の行い云々ではなく、一族の行いがもたらした必然だった。  私の実家、クロイ家は元々は辺境に広大な農地を持つ大地主系の貴族であった。昔から王都の大量の人口に向けて麦を売って儲けていたらしい。当時はクロイ家の麦はとても重宝されていた。 《どうせウチからしか買わないのだから値を釣り上げてやろう》  数代前の当主は、商いのわからない人だった。賭け事が好きだった彼は、自身の負けが嵩んだある年、今年は不作だと麦の供給量に嘘をついた。値段を釣り上げるという愚行を行ったのである。王都の民の食費が高騰したのは言うまでもない。庶民は食べるものがなく飢えるものもあったという。クロイ家は一時的に利益を積み上げたが、嘘がバレて信頼は著しく損なわれた。  王都の商人が海を渡った領地との船を使ったやりとりを始めると、王家の指示で麦はそこから買われるようになり、クロイ家は途端に貧しくなった。  そのような事情があって、私の父の代にはほとんど没落寸前だったのだ。傾きかけた家を建て直すため、先代は一計を案じた。 《このまま没落するくらいであれば、いっそ汚れた血を入れてでも家を再興させることを考えねば》  その頃、辺境に商いで大きく栄えた一家があった。そこの娘の采配がとてもうまいという。その娘――後に私の母となる人は辺境で一番の商家から身分を偽って父の元に嫁がされたのだ。  母は商いが好きだった。誰かのために品物を作ったり、仕入れたりして、必要な誰かの元へ届けることに価値を感じていた。 《ねぇ、ロゼッタ。商いは人と幸せを交換することなのよ》  そんな母の元でクロイ家は大いに復興したのである。  一方で、父は貴族であることだけが誇りのような人だった。自分よりも手柄をあげる元平民の妻を父がどう思っていたのかは、過労で母が早々に亡くなってからわかることになる。 《まぁ、なんてドブ臭い。近寄らないで! 私の子に卑しさが感染るわ》  父が連れてきた新しい母には、既に子供が3人居た。私よりも年上で、父によく似た義兄。私と一歳も変わらない義妹。そして、少し歳の離れた義弟だ。  父は私が産まれる前からずっと母のことを裏切っていたのだ。  クロイ家で母のことは()()()()()()になり、私は継母や義兄、義妹から虐められるようになった。唯一、私を虐めなかったのはまだ幼かったか義弟、エルトくらいなものだ。継母は母が作った財を食い潰し、父もまた節制を心掛けとする母の言いつけを破った。  クロイ家が再び貧しくなったのはその頃である。贅沢な暮らしをしていた頃が忘れられない父は、再起の望みを掛けて王都にやって来ていた。  召使いの代わりとして連れて来られた私のために、クロイ家の人々がお金を払うはずがないことを私はよくよく理解していたのである。
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