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(私はこのまま死んでしまっても構わないもの)
誘拐犯達はそろそろ私の処遇をどうするか話し合っている。売るとか、捨てていくとか、そんな感じだった。そろそろ彼らは稼いだお金を持って王都から脱出するらしい。もう、時間がない。
(どうでも良い)
私はもういっそのことここで殺して欲しいとさえ願った。例え家に帰れたとしても前の惨めな生活に戻るのは嫌だったし、痛いのや辛いのが続くのは嫌だった。誰かに嫌われながら日々を過ごすこと、誰にも愛されないことは、思った以上に私を傷つけていたのだ。
「最後に良いところのガキが手に入ったぜ」
そんな中、1人の少年が私の幽閉されている牢に放り込まれた。透き通るような銀の髪を肩まで伸ばした美しい子だった。白いシャツに銀のペンダント、サスペンダーをしていて、シンプルな格好だけれど身に付けている全てが一級品だ。背は私と同じくらいで、細い男の子だった。
(可哀想に)
もう少し遅ければ捕まることはなかった筈なのに、彼は哀れにも誘拐犯が出国間際なのに囚われてしまったのだ。
さぞや落ち込んでいるだろうと顔を盗み見る。暗い部屋でも私には彼のとても美しい顔が見えた。きっと、彼は愛されて生きて来たに違いない。
(私とは違う世界の人。他の子のときと一緒、黙って時が過ぎるのを待つだけ)
しかし、彼は私を放っておいてはくれなかった。誘拐犯がいなくなるや否や、私にとっておきの笑顔を作って話しかけてきたのである。
「こんにちは。君、名前は?」
「ロ、ロゼッタ」
「ロゼッタ、良い名前だね! こんなところで寒くない?」
彼はもう何日もお風呂に入っていない私の隣に構わず座った。
*
彼は私を怖がらせないようにか、たくさん話しかけてくれた。
「ロゼッタは本が好きなんだ。あのヘンリー•ポッセルは読んだことある? ダニー・ジャンネルは?」
「王都に最近できたスイーツ店はもう行った? え、まだなの? もったいないよ」
「僕は甘いケーキが好きなんだ。でも、王都では男の人だけでカフェでケーキを食べるのはまだ恥ずかしいこととされているから秘密だよ」
「えぇっと……」
母が亡くなってから会話らしい会話をして来なかった私は面食らった。けれど、一日、二日と経つ中で徐々に会話が成り立つようになっていく。
「私はマイナーなんですけど、ミッツ•デルカールの本が好きで、犯人は誰かなとか考えながら読んでいます。クリスティーヌは全巻読みましたし、カンデも読みます」
「凄い! その歳でそんなに本を読んでいるなんて読書家だね!」
「……別に、それ以外にすることがないだけです。私はどこにも居場所なんてないから。本だけが私を受け入れてくれる。空想の世界だけが私がそこに間借りすることを許してくれるんです」
「そうかな? 僕もミッツ•デルカールはよく読んだけど、あれは本が好きじゃないと読めないと思う。だってさ、あの――」
「「あまりにも誤字が多すぎる」」
私は、ここで久しぶりに笑ったのだ。
ミッツ•デルカールの作品はとても多彩でワクワクするけれど、肝心なシーンで誤字だらけ。まともな読者であれば白けてしまって読むのをやめてしまうほどなのだ。
「ねぇ、ロゼッタ。ロゼッタはいくつ? 僕は15!」
「15!? 私は12です。同い年かと思っていました」
「僕そんなに幼く見える? ショックだな。ね、ここから出たらまた会えるかな? 僕の方が歳上だからね。エスコートしてあげる」
「……。」
彼はきっとここから出られる。でも、私はこの薄汚い牢から出ることは出来ないのだ。そんなことを考えていると、私達の時間は突然終わってしまった。
「おい! 男のガキ! 身代金が届いたから出ろ!」
男達が牢に入ってきて彼を連れて行こうとしたのだ。
(あ……やめて。置いて行かないで)
思わず私は手を伸ばす。
暗闇に1人取り残されていくような感じがした。しかし、彼はこの時、私の手を握ってくれたのだ。
「僕は出ないよ。僕の親に伝えてもらえるかな。この子の分も一緒に払ってって。多分、払ってもらえるから話してみて。君達もその方が良いだろう?」
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