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紆余曲折あって、誘拐犯は逮捕された。その逮捕には彼も大活躍していた――そう、彼は誘拐犯を捕まえるため、自分から誘拐された見習い騎士だったのだ。
彼と離れる直前、彼は私を抱きしめてこう言ったのだ。
「ねぇ、ロゼッタ。ここから出たら自分の居場所は自分で作るんだよ。ロゼッタのことを大好きな人間はここに居る。だから、何があっても負けちゃ駄目だ」
母の死後、誰からも愛されなかった私に、その”大好き”という言葉は余りにも眩しく、強烈な光を放っていた。自然と涙が溢れていく。
(心臓が苦しい)
この瞬間が、本で何度読んでも理解できなかった”恋”を理解した瞬間だった。
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「まぁ、もう死んだと思ったのに、薄汚い。何故戻ってきたのかしら」
クロイ家の滞在している建物に戻ると、継母であるバリエラ=クロイが嫌味ったらしく絡んできた。家族が誰も私の心配をしていなかったことはよくわかる。
(私の居場所はここにはない。でも、ここから出るために、この場所を私は絶対に足場にする)
全ては彼にまた会うために。
「薄汚いのは貴方です、バリエラ。母の作った財を食い潰すだけの愚かな女」
私は足掻くことを始めた。
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それからの私は、恩人である彼の憩いの場を作ることを生涯の目標に掲げた。経営や食材について学ぶことは欠かせない。クロイ家を軌道に乗せ、誰からも文句を言わせない状態にして家を出た。やがて、王都に来て多くの人の協力を得てこの個室付きカフェをオープンさせることになる。
(きっと、あんなに甘いものが好きな彼なら、私を見つけてくれる)
私は彼の名前も住んでいる場所も知らなかったけれど、努力の甲斐あって私達は再び出逢うことが出来たのだ。
再会した彼は、背が高くなり、顔つきも凛々しくなって誰かわからなかった。それでも、甘いものを食べたときの幸せそうな笑顔は昔と同じで、太陽のような笑顔だった。彼は私が過去に自分が助けた少女だと知ると、頭を撫でてこう言ってくれた。
「今までよく頑張ってきたね」
あの時、私の頬に涙が伝ったのをよく覚えている。
(これで、もうどうしようもないくらい惚れてしまったのだから、しょうがないのです)
彼は王都の騎士団でもひと握りしかなれない上級騎士になっているらしかった。ドン爺のスイーツを気に入ってくれた彼は、それから週五――つまりお店が開いている時は毎日、どこかの時間を作ってやってきてくれている。彼の婚約者を連れて。
「紹介するよ。僕の婚約者のディキシアナ=メーデー侯爵令嬢だ」
初めて彼女を見たとき、私は気を失うかと思った。
これは誰も悪くなんてない、私だけの悲劇なのだ。私は別に彼に結婚の約束もしていないし、好きだという気持ちすら伝えていない。王都で50人しか居ない上級騎士なんて誰だって恋人にしたいに決まっている。
私は一瞬でひびの入った心を、なんとか隠しながら震える声でお祝いの言葉を絞り出した。
「ご婚約されていたのですね。おめでとうございます」
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