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まずは、左手の人差し指の続きから。爪切りを任されると怖いものはあるが、やすりくらいであれば、そこまでの怖さはない。
案外きれいにできるもんだな、と。自分の手先に感心しつつ、次の指に取りかかる。と、折原が口を開いた。
「サッカーばっかりしてたじゃないですけど」
「ん?」
「ほら、子どものころ」
「ああ」
昼間の姉との会話とわかって、爪を整えてやりながら、相槌を打つ。
「試合の前とか、めっちゃ爪伸びてないかチェックされませんでした? 癖になってるんですよね、長いと落ち着かなくて」
「まぁ、危ないしな」
「ですよね」
小さな笑い声を最後に、束の間の沈黙が落ちる。けれど、すぐにまた静かな声が響いた。姉の家で聞いた朗らかなそれではない、ふたりのときによく聞くそれ。
「先輩は、どんなサッカー少年だったんですか」
「小学生のころ?」
「うん。低学年とか中学年くらいのころ」
「ふつうに才能と伸びしろがあると思ってた」
「いいなぁ」
反応に困ったふうでもなくほほえましそうに笑い、折原は言葉を続けた。
「見たかったな、そのころの先輩も」
俺は知ってたけど、と明かす代わりに、右、と告げる。あの時代に、あの地域に、折原という才能を知らない同世代はきっといなかった。
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