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もう今回限りだ。二度と仕事回さねえからな」
そして服装を直すと。不機嫌さを巻き散らしながら部屋を出て行った。
静まり返った暗い部屋で。
暫く、智春は床に転がっていた。
吐き気が込上げてきて。
目を固くつむり。口元と胸元をぎゅっと押さえる。
こうなることは、ある程度予想していたから。
涙も出ない。
でも、立ち上がることも出来なかった。
「オレひとりやから。入るで?」
もう一度そっとドアが開いて。
さっきの男の声がした。
智春はビクリと身体を震わせ、慌てて身体を起こそうとしたけれど。
ずり降ろされたGパンが引っかかって、身動きが取れない。
すぐそばに、その男はしゃがみ込む。
反射的に智春は顔を隠したけれど。
その必要は無かった。
ぱさっと、何かがかぶせられたから。
「衣装さんにロングシャツ借りて来たんで。
何とか誤魔化し。
それと。ウエットティッシュな。
あんたヘアメイクの川添さんやろ?
打ち合わせ、あんた待ちなんや。支度し。
プロやねんから。切り替え」
そして。
何かすっきりした香がするタオルで、智春の髪をわしゃわしゃと拭って。
部屋を出て行った。
「切り替え」
その一言が、智春の頭に響いた。
見下げるでも無く。気の毒がる声でも無く。
淡々と。でも重みの有る声。
支えられなかった身体に沁み込んで。重力のように足場を固めてくれて。
ゆっくりと智春は立ち上がれた。
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