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5
この国の裏の立役者であり、ゴッド・ファーザー。彼は電動の車椅子に乗って、自室へと招かれた僕らを出迎えてくださいました。
「エン、待っていたよ。遠いところをご苦労だったな」
「ご無沙汰ばかりですみません。しばらく世話になります。…歩けるのでしょう、そんな車椅子なんかに乗って」
「ウォンのようなことを言うな。屋敷も庭も、これで移動するのがラクなんだ」
「なるほど。それではもっと屋敷を手狭になさい。それがいちばんのバリアフリーです」
ふたりは抱き合い、数年ぶりの再会を果たした。
「うむ。てっきりご婦人を連れてくるのかと思っていたが…青年か」
ロベルタがレオを頭から足元まで見やり、口元だけで微笑む。
「初めまして。レオーネ…アイゼンと申します。」
ためらいがちに姓を名乗り、深々と頭を下げる。レオがそのフルネームを口にしたのは初めてだ。
「閻。お前、このレオーネとやらと兄弟の盃でも交わしたのか」
アイゼンとはこの閻の姓である。メイドに促され、ふたりはソファーに腰掛け、閻がタバコを取り出した。
「いえ、彼は堅気です。同じ街で喫茶店を経営しています。私の仕事とは何の関係もない」
「同じ姓とは、まあこの国ならよくあることだが。偶然ではあるまいな?」
「偶然ではありません。私の姓を名乗らせています。アイゼンなら、あの街では私しかいない。その方が都合がいいので」
「都合…」
「都合です」
「レオーネよ、お前の元の名は何だ」
「あの…僕には正しい姓がありません。ただ、レオーネと…住んでいた街の名前と、この名だけを名乗ってきました。両親の家系とも、はるか昔は欧州の血筋であったそうですが、故郷を追われこの国に渡ってきてから、定住することがままならぬまま暮らしてきましたので、そのように」
「なるほど。…もしかすると、あの山のふもとに暮らしていたことはなかったか?」
「ええ。ロベルタ様のおかげで、子供時代のわずかな期間を、平和に過ごすことができました。それより前から暮らしていた僕の仲間達も、長い間お世話になっていたのでしょう。そのお礼もかねて伺いました。同朋達とは奇しくもあそこを去ってから散り散りになってしまいましたが…感謝しております。ありがとうございました」
「おお……おお、そうか。どれ、こちらに来なさい」
ロベルタの前にひざまずく。
「鋭く、いい目をしているな。瞳までこの国の者と同じだ。…しかしやはり、どこか私の故郷の者達のような面影もある。鼻の高さなんかはまさしくそうだ」
レオの顔を撫でるように触りながら、さまざまの角度からその顔を眺めた。
「君のご先祖流の挨拶をしておくれ」
そう言って差し出されたロベルタの手の甲に、レオはひざまづいたまま口付けをした。
「レオーネ。美しいな」
灰色の瞳が、目の前のレオをじっと見つめる。レオは目を伏せて、恥ずかしそうに礼を述べた。
「閻、はっきりと聞いておこう。レオーネはお前とどう言った間柄で、そしてなぜお前の姓を名乗らせているのだ」
「まず姓がなくてはいろいろと不便があるためです。昔はこれでよかったけれど、最近はそうもいかないことが増えてきた。特にレオは自分で商売をやる身ですからね。それからあの街で暮らしていくには、私の姓であった方が…さっきも言いましたがいろいろと都合がいい。元は難民であった彼は、社会的には未だ不利益を被ることも多いですから。そして間柄…まあ、私がレオの店の常連客なんです。仕事のない時間はずっと彼の店で過ごさせてもらっていて…」
めずらしく言葉につまり、閻が頭をポリポリと掻く。
「同居というわけじゃないんですが…月の半分くらい、共に暮らすようになりまして。仕事がひと段落すれば、私がレオの家に帰るんです。男女と同義の暮らしをしています。許されざることでしょうが…私とレオは…つまり、そのような関係です」
レオもうつむいたまま、ロベルタの前で頬を赤らめた。そして一瞬の静寂を破ったのは、ロベルタの笑い声だ。
「おかしな関係だな。お前ら、男同士でまるで夫婦同様というわけか。ははは、なるほど。お前本気でレオーネに惚れているのか?」
「愛していますよ」
存外にもサラリと言ってのけた閻に、レオはとうとう顔を真っ赤にした。
「お前の組織の跡取りは?」
「このような稼業で世襲なんて考えちゃいません。いずれそのときがきたら、若い者の中で意気込みのある者に任せればいい。その頃まで勢力を保てていたらですが」
「そうか。しかし驚いた。少なからず私とも因縁があったことにもな」
そう言うとロベルタは立ち上がり、後ろに控えていた男が杖を手渡す。レオも同時に立ち上がって手を差し伸べるが、ロベルタは背の高いレオよりも上背があり、車椅子に腰掛けているせいで勝手に描いていた弱々しさが立ち消えた。
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