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「ありがとう。掛けなさい。ふたりとも街の見物は明日がいいだろう。あまり遅いと魔物が出るかもしれん。特に、飛べる奴は森に多く現れる」 伝説に近いものかと思っていたので、まるで魔物が野犬か何かのような口ぶりであることに、その異形の者達がここではそれほどに身近であることに驚かされた。ロベルタは杖をつきながら窓に歩み寄り、まぶしい夕陽に照らされる大河とその向こうの山々を眺める。 「レオーネ、魔物を見たことはあるか」 「いえ…」 「あの集落に居たのは、いつ頃のことだ」 「もう20年以上前です」 「丘の下の集落だな?」 「ええ。丘の上は、先住の方々の村でしたね」 「あの付近にもかつては魔物が頻発していた」 「…知らなかった。でも、そのようなものを目にしたことは…」 「私があの丘の下の集落を拓くよりも前のことだ。だが丘の上の住人も、あの一帯から魔物が消えてから住み始めた者達だから、それほど古いわけでもない。その当時で…せいぜい30年やそこらか。しかし魔物が消えたと言っても、あの大河の向こうの山までようやく追いやることができたというだけでな。時々はこの街と同様の頻度で、山から下りてあそこまで渡ってくるものもあったのだ。当然、当時のこの大河の街などは、今よりもっと被害が多かった」 となりで閻がタバコを揉み消し、「長くなるぞ」とささやいた。 「その丘の上の村が出来てから、20年後だ。レオーネ、お前のような移民達のためのキャンプ地を拓いた。大河の街はまだ混乱の最中でもあったし、あの丘のあたりが最も適していたのだ。むろん丘の上の住人からは反発を喰らったが、所詮は無力な一介の村人共だ。どうにでもなった。なぜそこまでして、と思うかもしれんが、…ここから先を話せば、レオーネよ、お前に嫌われるかもしれんが…」 「国に流入し始めた難民達を一堂に集めれば、各地の混乱を抑えることができるからでしょう」 「うむ」 「……我々移民の中には、悪さを働く恥ずべき者もたくさんありました。それに、その中から優れた労働力や兵士として使える者を、誰の反対にもあわず選び出すこともできる。こちら側も、多少の危険は伴っても、不安定な暮らしよりは、賃金を得て正式にこの国で暮らすことができるなら、喜んで身を差し出す者ばかりです。貴方の英断によってあらゆることが大きく解消され、国民の支持は貴方に集まった…。それが契機となり、貴方はこの地位を築き上げた。各地で同じような業績のある方は、皆現在では政界の重鎮となっています」 「…すまないな。お前のかつての同朋を戦地に赴かせたのはこの私だ。それからここには、対魔物の特殊部隊というのがある。それらも、お前と同じ身の上の者達だ。私の組織の半数以上もそうだ。もしお前がそこまで幼くなければ、兵士にさせられていたかもしれない。生き延びた者もあるが、死んだ者はそれを上回る」 「是非はございません。全ては運命によるものです。共に暮らした仲間達とは散り散りになったと申しましたが、どこかで元気にやっている者もたくさん居るでしょう。事の大小は違えど、世界中のどこにでもあることです。…それはそうと、かつてはあそこに魔物がいたと仰いましたね。あの、聞き難いことですが…あそこに住んでいた者達は…丘の上の住人達も、その魔物とやらに喰われたのでしょうか」 ロベルタがわずかに俯く。 「あと少し、お前があそこを出るのが遅ければ、お前もやられていたかもしれんな。…全滅した。魔物によって。丘の上も下も、ふたつの集落が消えた」 「……」 閻はレオの背をなでさすった。そして膝に置かれた手を、そっと握る。 「ロベルタ…ひとつ、確認しておきたいことがあるのですが」 黙って聞いていた閻が口を開く。レオは、その横顔をちらりと見やった。 「サイラスという男を知っているでしょう。その、丘の上の村で、有力な家柄の者であったと。そこの息子だと思うのですが。彼もやられたのですか」 サイラス、と名乗った瞬間、空気が変わったのを肌で感じた。恐る恐る視線を移した先のロベルタは、おし黙ってただ無表情に閻を見つめていた。 ー「おや、仕事帰りかい。」 依頼先から戻る途中、甲虫のような黒の軽自動車に寄りかかり、タバコを吹かすウォンを見かけ、シロは軽トラックの中から声をかけた。 「寄るな」 「は?」 「お前との接近禁止令が出ている」 「あっそ。じゃ」 「待て待て待て!わけを聞かねえか」 「ああ?めんどくさい奴だな」 聞かなくたってわかっている。ロベルタが、カタギと付き合うのはやめろとでも言ったに違いない。 「会長が…」 「わかってるよ。まあパパの言うことはもっともだ。殺し屋とつるんでるなんて知られたら、店の評判にも関わるからな。お前と距離を置けるのはちょうどいいや」 「なんだよ、つめてえな」 「今日は何人殺ったの?」 「ひとりだけだよ」 「じゃあ1ヶ月遊んで暮らせるわけだ」 「今日のはもっといい金になるぞ。…なあ、夕飯食いに行っていいか?」 「接近禁止令は?」 「今日は会長のダイジなお客サマが来てるんだ。俺に関わってる暇なんざねえよ」 「お客?どんな人?」 「遠縁の奴だと」 「…ああ、何となくわかった。たぶん一度見たことあるな。無表情で物静かーな男だ」 「知ってんのか?」 「うん、話したことはないけど。まあいいや、とりあえず買い物行くから手伝って」 「いいぜ。今日は車だから楽チンだ」 ー「お前、うちに住みついたりしねえよな?」 玄関先でふたりを出迎えたクーガが、忌々しそうな顔を惜しげもなく向けた。 「誰が住むか、こんなボロ家」 「文句があるなら建て替えの金もってくれよ。さーて、今日はひさびさにオーブンを使うぞ。ウォンが鶏をまるごと買ってくれたからな」 「なんかの祝いか?」 「暗殺がうまくいったお祝いさ。な?」 「自分の金で自分の祝いかよ…」
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