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経路を覚えるのに数日は要するだろう。ロベルタの"城塞"は実に広大な屋敷だ。門から玄関までも車で10分近くかかった。閻とレオには一室ずつあてがわれていたが、あとで夫婦用の客間を与えられた。そこには盗聴器などは仕掛けていないから、とロベルタが笑っていた。 食事はあと1時間後。少人数用の食堂を使うらしい。細かく、たくさんのあらゆる部屋が用意されている。ここには時おり国内外の要人も訪れるそうだ。 "知っているとも。サイラス・ワン。彼の祖父の代が開拓民のひとりでな。その息子アレックスと、妻ローザのひとり息子だ。 アレックスは議員をやっていてな、だからあの丘の上の住人と私との板挟みにさせたこともあって……当時はかわいそうなことをしてしまった。しかし村人たちからは厚い信頼を寄せられており、リーダーというのにふさわしい男だった。 ……ワン家も、全員死んだよ。惜しい人間を失った。 そうか、サイラスは、お前たちに兄のように接していたんだな。優秀なアレックスの息子だ。賢く、優しい子供だったのだ。やはり…やはりな。あの子は優しい…" ー「寂しいか」 閻に問われて、ハッとして顔を上げる。ロベルタは言ったのだ。サイラスは死んだ、と。 「ええ、会えると思ってましたから。ほんのわずかな期間しか関わらなかったけれど…やっぱり少しは…」 泣きはしないが、声がかすかに震えている。数々の別れを経ても、レオにはいつも、上積みされない新たな別れなのだ。しかし閻は意外なことを言った。 「落ち込むにはまだ早いぞ」 「え?」 「サイラスに会えないと決めつけるにはまだ早い」 「……?」 「ロベルタは今でこそ多岐に渡る事業で発展を遂げているが、もともと暗殺専門の組織であることは知っているな?」 「ええ」 「それは今でも続けられている。昔ほど盛んでは無いが、脈々と、確実に。昔のように依頼もされるし、自分たちにとっての対抗勢力もターゲットだ。何をするにも、邪魔な存在というのはある。そしてこの裏稼業が一種の威圧にもなっている。ロベルタの邪魔をすれば必ずや消されるという脅威だ。まあそれはいい。問題は、その暗殺を請け負っている者もいるということだが…それはいったいどんな奴らだと思う?」 「ロベルタ様が仰っていたことから想像するに…あの集落の者達ですか」 「うむ…遠からずといったところか。私はな、レオ、お前が汽車の中で話してくれたの存在によって、奴がなぜその暗殺者たちをコントロールできているのか、気付いたのだ。…いや、確信はしていない。あくまでも推測の範囲だが…」 「コントロール…?」 「暗殺を請け負っているのは人間ではない。魔物だ。理性を持たないはずの、れっきとした魔物たちだ。それはかつてロベルタ本人が、私に打ち明けた事実だ」 魔物、と聞いて目を見開く。閻はさらに予想外のことを続けた。 「そこに…そのサイラスとやらが関わっているような気がする」 「サイラスが…?まさか…」 「なぜと思うかもしれないが、すまない、それは私にもわからない。根拠もなく言ったまでだ。だが長年培ってきた勘のようなものだ。それにやはりあのサイラスの名を聞いたときのロベルタの顔は、何かひっかかる。サイラスがロベルタの元に居るのかはわからない。しかしロベルタのいうことが嘘で、サイラスが生きているとしたら…サイラスは人間ではないかもしれない」 「そんなはずは…サイラスが人を襲うことなど決してありませんでした」 「、だとしたら?」 「え…?」 「餌を求めて集落を襲った魔物は確かにいたのだ。レオが去ったすぐあとに現れた。恐らく、そこの住人たちを殺しただろう。そうすればサイラスだって、襲われた可能性もある。…しかし、もし喰われたり、殺されることを免れていたとしたら?問題はそこだ。以前話したことを覚えているか。魔物はゾンビのようなものだ、と。噛まれたら血清を打たない限りは助からない。死ぬか、魔物に変貌していく。当時はそれに効く血清などは無かった。今はあると聞いたが…定かではない。」 「それじゃあ、サイラスが幸運にも生き延びていたとしたら……」 「お前の話した、拳銃の男。何でも屋と言っていたな。魔物と化したサイラスの頭を撃ち抜き、サイラスはその何らかの作用によって、ヒトの理性を保ったまま魔物となった。あの者達をどのように手懐けているのか、ロベルタはそれについては頑として口を割らないのだが…きっとそういうのが、ロベルタのところの掃除屋だ」 言い終えて、閻は苦い顔で小さくため息を吐いた。我ながら根拠がなさ過ぎると思ったからだ。 「…いずれにせよ、ロベルタは私にも暗殺者の素性など明かしてはくれまい。この街で不穏な動きをすることもできないから、調べようもない。当時の拳銃の男というのも、恐らくはロベルタに関連する者だろう。…奴がロベルタに頼まれて、掃除屋を確保していたのだとすればな」 じっと聞いていたレオの胸はざわついたままだ。その推測が事実だったとして、あの優しいサイラスは… しかし、複雑にも安堵のような気持ちもあった。サイラスは生きているかもしれない。会って確かめたい。だが魔物ならば、会うのは少し怖い。冷酷な殺し屋、ヒトの理性を持った魔物、兄のようなサイラス…統合できず、ごちゃごちゃになる。 「到着して早々、めまぐるしくて疲れただろう。混乱させてすまない。食事は部屋に運んでもらうか」 「いえ、ロベルタ様とご一緒しましょう。…こんな機会はなかなか無いのですから」
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