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「ロベルタねえ。あの人いくつになるんだ?もう相当いい年っすよね。結構なじいさんだろ」 今日は珍しく忙しくて、ようやく取れたランチの時間も夕方になった。モグはまるでようやく吸い込めた酸素を吐き出すように、タバコの煙をまき散らした。 「ところで、何でいきなりロベルタの話を?」 「何となく。どんな人なんだろーなって。僕らじゃカンタンには会えないじゃない?この街の王様だから」 「会えたとしても会いたかないなあ、殺し屋の王様でしょう?良いことも悪いこともやるような奴がいちばんアブナイっすよ」 「僕らだって似たようなモンさ。人を殺さないだけでね」 「ぜんっぜん違います」 「なあ、君は魔物が山にどれほど棲息しているか、知っているかい?」 「知らないっす。100とかそんくらい?」 「そんなに居たら毎日人里に下りてきてるよ」 「先生はご存知なんで?」 「いいや。でもそんなに居ないとおもう。具体的な数字は何とも言い難いけど。奴らの個体数を把握できてる人間はいると思うかい?」 「ロベルタ」 「ロベルタか。なぜそう思う?」 「魔物を討伐する特殊部隊はロベルタんとこの組織でしょう。把握してて当然だ」 「じゃあロベルタはなぜその個体数を、僕たち市民に公表しないのだろう」 「なぜって…何匹いようが我々にはどうすることも出来ないんだから、いちいち発表しないんじゃないですか?どんなに優れた猟師だって、せいぜい弱い小さな個体をこないだみたく猟銃ぶっ放してやっつける程度でしょ。その程度のほぼ無力な我々が把握する意味なんて…まあ、無いことも無いか…?でも山にいるクマの数だって、いちいち市民は把握してないじゃないですか。奴らだってときにはヒトを喰い殺すのに」 「でもクマよりもずっとキケンだぞ。頭だってクマよりいいんだ。なぜロベルタは公表しないのかな、いま山に何匹の魔物が潜んでいるって」 ニシがいつもより神妙な面持ちで問う。問う、というよりは、すでに出ている答えに対して質問を投げかけているような口ぶりだ。そして続けた。 「…ロベルタは魔物の数を管理しているはずだ」 「管理?」 「一定の頭数をさ。それ以上、増えも減りもさせずに。オスとメスの比率も考えてね」 「比率…?それってつまり…交配のためにですか」 「うん」 「そんなもん、国に秘密で管理しとけるもんなんですか?」 「…大河の街以外の国民は、もはや魔物など伝説の一部くらいにしか思っていない。この大陸はあまりにも広大で、そのくせ大した交通機関も持たず、人のほとんど住んでいない地域も周囲にたくさんある。あらゆることの伝播が非常に鈍い。そして魔物は、大河の街の人々しか意識していない。それもせいぜい君のように、ときどき人里に現れてヒトを襲うクマ程度の意識だ。昔はもっと身近だったが、実際に個体数は時を経るごとに減ってはいるんだろう」 ニシがコーヒーをすする。モグはうっかり吸い忘れていたタバコの灰を落とし、白衣をはたいた。 「先生、そのこといつから知ってたんです?」 「知っていたんじゃない、あくまでもこれは推測だよ。だが魔物というものに興味を惹かれてこの街にやって来て、ロベルタのことを知ってから、ずっとそのことを考えていた。もっとワラワラ出てくるかと期待してたのに、せいぜい1年に2、3匹見かける程度だ。しかも飛んでるヤツをチラッと見かけるくらい?陸地で新しい個体を仕留められたのなんて3年ぶりだよ。研究が捗りゃしない。…魔物はさ、ヒトを喰いたいというわりに、出現する頻度があまりにも低い。だからどうも、それほど個体数があるように思えない」 とうとうフィルターまで燃え尽きたタバコを、そのまま灰皿に捨てる。 「じゃあときどきこの街に出てくるのは、ロベルタの管理してる中から逃げ出した奴ってことですか?」 「恐らく」 「餌はどうしてるんですかね。あいつら雑食っちゃあ雑食だけど、ヒトを好んで喰うでしょう」 「掃除屋が持ち帰った死体じゃないかと思う」 「あ、そっか。なるほど一石二鳥だな、証拠も消せるってわけだ。まあつまり先生のお考えでは、すでに魔物はロベルタの支配下にあるっつーことっすね。たまに脱走しちゃうけど」 「うむ」 「で、何でそんなことを?まさか魔物を兵器にしてこの国を征服しようってんじゃ…」 「そこまで大きくやろうとは思ってないだろう。彼もずいぶん歳だろうし。それにもう、彼の勢力はそんなのに頼らずとも確固たるものになってる。というより、ここまで来るためにその力が必要だったんじゃないかな。具体的にいえば、"優秀な殺し屋"だ」 「優秀な…?」 「身体能力の高さや、冷静さ、冷徹さ、気配の消し方…証拠となる凶器だって、極力使用を避けたいだろう。雇ってる殺し屋たちがあらゆることにおいて人間離れしていなきゃ、こんなに上手に暗殺稼業なんて続けてこれない気がするんだよなあ。素人にはよく分からんが。しかし、根っからの魔物を操るなんて不可能だ。が、でなくては…」 「……」 「ロベルタはここまで、その稼業で得た莫大な資金をもとにあらゆることを為してきた。おなじ人間のくせに易々とえげつないことをやってきたんだ。魔物と殺し屋……この推測がもしも事実ならば、私は彼を許さない」 ニシが今までに見たことのないような険しい表情をしていた。モグにはもう、彼の言わんとすることが薄々わかっていた。 「先生、言いたかないけど…ロベルタに敵意を見せちゃだめっすよ。会うこともないですけど、この街で平和にやってくためにはね。我々は地道にワクチンを開発し続けていきましょう。殺されたら…死んだら終わりです」 「ふん、ずいぶん弱気だな。…でも僕だって弱気だ。死んでたまるか。研究したいことが山ほどあるのに」 「そろそろシロが来ます。今日で7発目か。カタログの男ども、シロは女じゃないのに勃つんだから、アイツはやっぱ人間を超越したべっぴんなんすね」 「そりゃあ街じゅうのご婦人にモテモテだったキイスを落とした奴なんだから」 「…ねえ、先生」 「言うな。まだわからん。私の推測の域を出ていない」 「…いや、白衣にコーヒーこぼれてますよ」 「え?うわあ、昨日おろしたばっかなのに!」 「まったくもー」 呆れたフリをするモグの声が、かすかに震えていた。
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