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「元・人間の魔物か…」
閻はロベルタと仕事の近況を話し合っており、その間、退屈であろうからと屋敷の敷地内を散策することを許可された。閻はよほど信頼されているのだろうか、レオに付き添いの人間も付けずに、この広大な敷地の見取り図を渡されたのみだ。
案内人を付けようかとも聞かれたが、レオは少し一人になりたかったので断った。庭内には、博物館のように各地の調度品を収集・展示した倉庫や、外部からあらゆる要人を招くこともあるからか、彼が成した功績を振り返るための歴史博物館のような施設まであった。しかし暗殺のことについては、一切触れられてはいなかった。だがそれも当然か、となんとも言えない気持ちになる。
(どこにも書かれていない)
触れられていないのは、暗殺のことだけでは無い。"殺し屋一族"という認識ではあったが、ロベルタより以前のものと思われる年代の部分。教会を建てたり、孤児たちの世話をしたりと記されてはいるが、当時それを為したであろう彼の父親、あるいは母親の名前がない。それよりさらに以前の祖父母も同様である。つまり家系や先祖についての情報が無いのだ。
しかし確かに教会はあるようだし、彼はあの集落を拓くほど、人々の手助けには力を入れてきた男だ。父親もそのように熱心な男であったのだろう。だからこの歴史自体に、まったくの嘘というのは無いとは思う。
ひととおり見終えて、また庭の小道を進んでいく。すると屋敷の裏側に出たようで、裏ではあるがずいぶんと開けた場所であった。客人や使用人たちの休憩所なのだろうか、テラス席になった休憩所まであり、レオはそこで試しにコーヒーを頼んでみた。
「美味しい…」
さすがに、この邸内で下手なものは出さないのだろう。こんなところにまで、一流のものを使っているのだろうか。
「一服かい?タバコ要るか?」
突然、背後から声をかけられる。振り返るとそこには、ずいぶんと屈強そうな男が、仕立ての良さそうなスーツを着て立っていた。灰色の瞳に、陽に照らされて淡い栗色に輝く髪。レオは立ち上がり一礼をした。
「はじめまして、レオと申します。ロベルタ様からのご招待に同行してきました」
「知ってるよ。会長の客人は全てな。俺は側近みたいなもんだ。ウォンと呼んでくれ。昨日は出払ってて今朝帰ってきたんだ。これ吸えよ」
ウォンと名乗った男は、レオのとなりの椅子にどかっと腰かけ、カウンターの女給に向かって「よおビリー、キンキンのコーラくれ」と声をかけた。ウォンに勧められたタバコを一本もらい、火を着ける。ずいぶん前にやめていたが、久々に味わうタバコはやはり美味かった。
「客人はあんたを入れて2人だよな」
「はい。閻という男です。彼はいまロベルタ様とお話されています。僕は彼に伴いてきただけで、しばらくはこの辺りを散策してもいいと言われましたから」
「遠縁の男だと聞いているが、あんた…レオは、ナニモンなんだ?」
「僕は単なる同居人ですよ。ロベルタ様とは赤の他人です」
「ほう…男同士で暮らしてるのか。もしかしてそういう間柄?」
わざとニヤけながら、茶化すように尋ねる。
しかし、「あ…」と言ったきり何とも言えない面持ちで目を伏せたレオを見て、どうやら本当にそうであるらしいと察し、うっかり要らぬ詮索をしてしまったウォンも、うつむいた。
「…あ、安心しろよ、この街は同性愛に対する罰則は無え」
それからウォンは、簡単にふたりの馴れ初めを聞いた。
「なるほどな。…ま、罰則が有ろうが無かろうが、そのエンさんにゃカンケーねえか。それにあんたきれいな顔立ちしてるな。エンさんはたぶん一目惚れしたんじゃねえか。なんつーか目を引くよな。混血か?」
男相手にきれいと恥ずかしげもなく言うウォンに、些か驚いた。この男は組織の恐らく上層の人間であると見受けるが、無警戒によく喋りずけずけと質問してくることにも驚き、圧倒されている。いや、そういう術に長けているだけなのだろうか。相手の警戒を解くことなど、彼らのような者にはたやすいこもなのかもしれない。
しかしどうにも悪い人間には見えない。悪いことをしているのだろうが、根っからの悪とは思えない。それとも、このようなところに長く身を置くと、こうなってしまうのだろうか。善良な顔をして、いともたやすく…
「だいぶ薄まってますが、何代か前は欧州の出だそうです。でも僕はこの国しか知りません。ウォンさんは外国の方ですか?瞳の色が……」
間近で見ると、灰色が青みがかってより美しいのだとわかる。
「俺は自分のことはよくわからねえんだ。というより覚えてない。」
「幼い頃にやって来たとか?」
「それすらもわからない。記憶喪失にかかったっぽくてな。実は組織に入る前の記憶がほとんど無い」
今度はレオが言葉を詰まらせる。
「けど俺は、組織に入ってからいま現在までの過去なんかどーだっていいんだ。どうせたいした人生じゃない。しかし消えちまった分は取り戻したい。俺がマトモだった頃…いや、ハナからマトモなんかじゃ無かったのかもしれねえが」
頭を掻く。
「俺、魔物なんだ。エンさんから聞いてない?」
レオの心臓が一気に鼓動を速めた。
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