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ロベルタの魔物。 昨夜聞いていたから存在は認識していたが、まさかこんなに人間じみたモノだとは思わなかった。そして今、自分はその魔物と対峙している。 どういう顔をしていいのかわからない。しかし、ウォンの言葉がレオの頭の中で何かをつなげたような気がした。 失われた記憶……魔物……目の前の魔物は、ロベルタの殺し屋か?だとしたら…… 「怖がらないでくれ。つっても無理かもしんねえけど…魔物の存在自体は知ってるよな?」 「ええ…詳しくは、昨日ロベルタ様から聞いたばかりですが」 「俺は無作為に人を襲わない。しかしときどき喰うことはある。…自分で手にかけた奴をな。けど、フツーの家畜の肉も喰う。昨日だって鶏の丸焼きを喰った」 怖がらないでほしいということをうまく伝えられない。 「レオ、お前を喰いたいなんて思ってない。会長も、仲間達も、ゼンリョウな市民たちも、喰おうなんて思ってない。それだけは信じてくれ」 レオは黙って頷いた。しかし、どうにもこの激しい鼓動を抑えることができない。彼が魔物だから怖いのではない。閻の昨夜のが当たっているのかもしれないからだ。 「レオ、すまない。動揺させるつもりは無かった。動揺するなっつー方が無理だけど」 「ウォン、貴方はいつからこの稼業を?」 「え?…ああ、俺の仕事か…?」 「貴方は恐らく殺し屋ですね」 「…ああ」 「いつまでの記憶を失ったのですか?」 「ガキの頃だ。15とか16…だからちょうど、人生の半分だ」 「抜け落ちた部分をロベルタ様に尋ねたことは?」 「一度だけ。だが心当たりは無いと突っぱねられた。嘘かホントかは知らねえ」 すふとレオは訝しげな顔でさらに問い続けた。 「あなたは記憶が抜け落ちたまま……のですか?責めているわけではありません、でも自分で調べたり、もっとしつこく過去を詮索しなかったのですか?」 「ああ。知るのが怖いとかそんなんじゃねえけど。なんでかわからねえが…そこまではしてこなかった。取り戻したいとは言ったが、いつもまあいいか、って諦めのような感覚になる」 レオはある仮定をもとに考えた。ゾンビのように感染する魔物。それは菌のようなものか、はたまたそれこそが魔力なのか。しかしその経路は今はいい。それよりも、「彼ら」はどのようにして生まれたのか。 暗殺を担うロベルタの魔物。いったいどのような所以でロベルタとこの魔物達が出会ったというのだろう。魔物が皆、このウォンのように理性的な、人間とほとんどたがわぬ生き物なのだろうか。 ロベルタは、「森には飛ぶヤツが多く現れる」と言っていた。おそらくそれは人間などとは大いにかけ離れた、いかにも魔物然とした生き物なのだろう。言葉など話すことが出来るのだろうか。この大陸ですら言語が統一しきれてはいないのに、今では人里にもめったに現れなくなった違う種族、それも人間ほどの知恵を持たぬものたちが、この地域の人間と同じ言葉で暮らしていけるとは到底思えない。 ではウォンは? 人を喰うのは確かなのだろう。そして人間離れした能力で、たやすく獲物を消すのだろう。しかしウォンのような者が、あの山で他の魔物と同様に暮らしていたのだろうか?どうにも信じがたい。さらには、生まれてから記憶を失うまでの空白期間がある。その空白期間に、ウォンが畜生のごとく野蛮に暮らしていたとして、はたして15年という歳月で、このように仕立ての良いスーツをまとい、ロベルタという人間に付き従い、暗殺という複雑な仕事をこなし、自分とこのように会話を出来るようなヒトらしさなど、得られるのだろうか? ウォン以外の魔物などまだ知らないけれど、レオは仮定の上で考えていくうち、すでに彼が「生まれついての魔物では無い」という結論に至っていた。 「…なぜ、深く考えられなくなるのでしょう?」 「え…?」 「まるで暗示にかけられたように、あることが出来なくなる…それ以上遡ることを、まるで何者かによって遮られているとしか思えない。催眠術のようだ。思考を操作されている」 「操作…?」 レオは、すでに燃え尽きたタバコを指で無意味にいじりながら、しかしその切れ長の目をよりいっそう険しくさせながら言った。 「かつては人間だった魔物…すなわち作られた魔物。ウォン、貴方は本当に魔物の親から生まれた、根っからの魔物だと思いますか?」 かつては人間…… それを耳にした瞬間、あの頭痛が襲ってきた。言葉を発する前に、額を抑える。 「どうしました?」 「………頭が………」 「痛むのですか?」 「ああ………前、撃たれてな」 「撃たれた?頭を?」 仮定が、真実に変貌しかける。 「町医者に撃たれたんだ、ついこないだな…。俺らは1発撃たれたくらいじゃ死なねえんだ。その医者が森でちいせえ魔物を殺ろうとして、その流れ弾を喰らった。それのせいかとも思ってたが…でも、…くっ…でもな、レオ、これは会長には言うなよ…俺を撃ったのは、たぶんその医者じゃねえ。誰かは知らねえがな。…木の幹に…」 頭を抑えて机にうずくまるウォンを、抱くようにして背をさする。 「いい、無理に喋らないでください。いま人を呼びますから」 「呼ばなくていい。…聞いてくれ、木の幹だ。こないだ森で偶然見つけた猟銃の弾が突き刺さってたのは、俺のみぞおちほどの高さだった。俺の頭を貫通したなら、もうちょい高い場所でもいいはずだ…。だいたい、何かに当たって貫通したもんが、あんな強固にハマってやがるわけがねえ。ずいぶん遠くから撃たれたんだぜ…その医者の姿も見えないくらい遠くから。だから俺はきっと、医者の猟銃じゃなくんだ…それも偶然に当たったんじゃなく、意図的にな…」 「その弾は?」 「それは見つけられなかった。だが近くに落ちてたはずだ。あるいは回収されたのかもしれない」 「ウォン…わかりました、もういいから…」 「…いや、すぐにおさまる…考えなきゃいい、何も考えなきゃ…」 ウォンの汗ばんだ手が、レオの手を力強く握る。その強さが、彼を苦しめるこの痛みの強度を表している。レオは、うずくまって苦しむウォンを胸に抱きしめた。頭を撫でてやり、それがおさまるのを待つ。 「レオ………俺はいったい………」 芝生の上に、汗がポタポタと滴っていった。
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