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「お前の知り合いか?」 「今朝、このレオと庭でな。このふたりは会長んとこのお客サマだ。えっと…あんたがエンさん?どーも、ウォンです」 「初めまして」 閻が帽子を取り、一礼する。そのときレオは少しだけ、ひやりとしたものを感じた。 「ウォン、あなたこそなぜここに?ここはサイラスの…」 「サイラス…?俺は今朝話したとおり、そこの森まで、俺が撃たれた本当の銃弾を探しに来たんだ。でも腹が減ったから、メシを食おうと思ってここに。この男だよ、撃たれた俺の第一発見者。ここの主人のせがれさ。」 そう言って、クーガの背中をバンと叩く。 「せがれ…すると貴方がクーガさん?」 「そうですが…」 「ああそうそう…それでなレオ、このクーガが例の銃弾を持ってやがったよ。こいつにわけを話したら、そういえばこないだ拾ったやつかもとか言い出しやがって。で、シロはこいつを見てゆうべぶっ倒れたらしい。だからいま奴は病院だ」 「倒れた?…ああ、なんてことだ…シロは…」 「あの、大丈夫みたいですよ。俺が連れてったんですが、ちょっと休ませて、点滴が終わったら帰れるって先生が言ってましたから」 暴かれた秘密、めまぐるしさ、シロの安否。すべてのことが、長い移動のあとのこの短い時間でひと息に押し寄せ、レオも少し疲れを感じていた。 「そうですか、よかった…」 「あ…レオさん、あと、エンさん?あの、中へどうぞ。レオさん、顔色が悪いですよ。ずいぶんお疲れなのでしょう。うちで少し休んでいくといい。それにシロ…俺の母の昔のことを知っているのならば、聞きたいです」 閻がレオの肩を抱き、「急にやってきておいてどうもすみません。お言葉に甘えてお邪魔させてもらいます」と、また頭をさげる。このエンという男は、何かはかり知れない闇のようなものを抱えていそうな雰囲気ではあるが、ウォンと違ってずいぶん紳士的にも感じた。少なくとも、自分にとって悪いモノであるようには思えなかった。いや、それよりも…この先もっと近しい人間になりそうだ。なぜだか分からぬが、そういう予感がした。 ー「そうですか。シロさんのお子さんは、もうこんなに大きくなられていたのですね。下のおふたりもきっと立派な青年たちでしょう。あなたのように、昔のシロさんにきっとよく似ているのでしょうね」 レオは自分の素性と、かつてはメイリーシアで暮らしていたこと、そしてそこでかつてのシロに出会ったことを話した。クーガもこれまでの自分たちの暮らしや、現在のシロのこと、死んだ父親の思い出などを話した。閻は特に何も発さず、ウォンはときどき、そんな閻をチラチラと見やっていた。 「母さんは、俺らのことを親父に似てるって言ってますけどね。…それにしても母さんはやっぱり、根っからのマモノなんかじゃ無かった。いったいどのようにして…」 レオは閻をちらりと見やり、うつむいた。 「…うむ。そうだな、実はここに数枚の便せんがある。これに書かれていることが、真実のほぼ全てを網羅していると言ってもいい。もったいぶらずに言おう。これは…クーガくん、君の父上によってしたためられたものだ」 クーガがピクリと肩を震わせる。 「そしてウォンくん。君が預かっていたらしいのだが…覚えてはいないか?」 「え?…いやそんなものを受け取った覚えは…だいたい俺はこいつの親父に会ったことすら…」 「会っているのだ。ここに書かれていることが確かならばな。まあ大方、君は恐らくであろうから、このキイス氏とも和気あいあいと酒場で過ごしていたのだろう。今朝のレオと君のようにな」 やはり先ほどからどこかひやりとしていたのは、閻がテラスでのあの光景を見ていたからだ。まるで抱き合うようにして、レオは頭痛に苦しむ彼に寄り添っていた。ウォンもレオの手をしかと握り、その胸に顔をうずめていたのだ。 「あ…ああー、そういや、そうか、おふたりは…。あの、俺は決して間男のようなモンではないです。今朝、俺も頭痛で、それも超弩級の発作を起こしまして…ついレオにしがみついてしまっただけで…」 「そういえばおふたりは、どういったご関係で?」 「めおとのようなものです。クーガくん、君のご両親のように、子までは望めないけどね」 クーガはそこで合点がいった。さっき、ごく自然にレオの肩や背中のあたりにまわされた閻の手や、ずいぶんと親密にとなりあって座るこのふたりの距離感。 そうか、ふたりも…… 「そうでしたか。…まあレオさん、確かにきれいだからな。女にもモテそうだけど、男に惚れられるのもわかる」 「おい、あんま下手に褒めんな!エンさんに睨まれるぜ」 「バカ。人のモンに抱きつかれりゃ誰だって怒るに決まってる。俺は只きれいと言っただけだぜ」 レオは、もう何度こうして顔を赤くさせながら困惑したかわからない。この街の人間は、男相手に女相手のような褒め言葉を使うことに、抵抗がないのだろうか。 「おっと、お前のせいで話が逸れた…ってか、おい、お前!親父からの手紙を忘れただあ?どこまでアホなんだよ!」 「まあ落ち着きなさい。その銀の弾丸とやら…それが原因ではないのかね?撃たれたのだろう、その森で、頭を。すなわち撃たれた目的はその手紙だ。……ロベルタは勘がいいからな。というより奴には先見の明がある。きっとウォンさんがキイス氏によってこの手紙を預かったことを早い段階で見抜き、君がこの手紙をこの家のシロという者に渡せと言われた日に、この家に向かったのを確認してから手下の者に追わせ、そしてたどり着く手前で撃ったのだろう」 「お前なァ、尾けられてることくらい気づけよ。で、その弾丸のせいでこの手紙ごと目的を忘れ、ついでに俺によって拾われ、何事もなかったかのようにここでメシを食い、それで終わったと…はあ…」 クーガが呆れてため息をつき、いつも言い返すウォンがめずらしくバツの悪そうな顔で、「すまん…」と小声でつぶやいた。 「まあいいや…ウォンだけが悪いわけじゃねえ。そもそもその手紙のせいで撃たれちまったからな。お前が魔物でよかったよ。死ななくて済んだ。…閻さんがそれを持ってるってことは、ロベルタが持ってたんですね。それ母さんに読ませた方がいいんですよね。俺じゃなく」 そう問われて、閻は数秒間をおいた。なにかを考えている。 「クーガくん、私は悩んでいる。これをいま君に見せてもいいのか、あるいは君の母上に先に見せるべきか。私はまどろっこしいことが何よりも嫌いでね。別に順序なんてたいしたモンダイではないと思っている。ただ母上はいま体調を崩して休まれていると。そこに不躾にこの手紙を渡していいものか。しかし必ずや、君の母上も読まなくてはならない。その前に君が事情を把握しておいた方が、母上が混乱されたときに、都合がいいかもしれない。…だから先に確認だけしておこう。君は、ご家族を愛しているかね?ご両親、弟たち、そして君がこうして生まれてくるまでに脈々と血をつなげてきた、顔も知らぬ祖先たち。そして何より、自分自身を信じて生きていけるかね。クーガくん、もしもこれを読むのなら、ひとつだけ私から言わせてもらう。君や弟さんたちは確かに、ご両親双方の、まぎれもない愛の証だ。それだけは疑うな」
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