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閻、お前のツラなどもう見ることはないと思っていたが、お前にきちんと愛する相手がいたことは、心の底から喜ばしいと思っている。本当だ。レオがお前といてくれて、私も心から嬉しいのだ。お前も私の愛すべき家族であるからな。 ……そうか、キイスが呼んだのだろうか。 私はお前からここに来訪するとの連絡をもらったとき、はてと思い、そしてお前がここにやって来ることによってもたらされる私の吉凶が、なぜだか見えなかったことに恐れを感じた。 しかしキイスにはわかっていたのだろうな。私のすべての幕引きに向け、国の西部に住む顔も知らぬ血縁者の存在が重要な鍵となることを。キイスは私よりも優れた能力を宿していたのではあるまいか? ウォンがシロに手紙を渡すのを阻止することはできたが、それより少し前にウォンによって投函された、お前らに宛てた招待の手紙を阻止することはできなかった、というわけだ。まったく、あの男が市民たちと気安く世間話をすることも、やはり禁じていればよかったのだ。 ふたりの出会い。容易に想像がつく。奴が"ヴォルクガント"であった頃から…ちょうどキイスが私と距離を置くようになってからか、ヴォルクガントは両親と共に、純粋な善意で私の教会の仕事を手伝い、みなしごたちに大いに好かれ慕われる、兄のような存在であった。 すぐに人に好かれるところは、本当にサイラスとよく似ていたな。自らも同じ移民の子でありながら、あいつは自身の人生を呪うことなく、ひたむきに生きていた。心根のまっすぐで、少しやんちゃな、かわいらしい少年であった。 私が、かつての魔女のままであったら。 今となっては、などということはよくわかっているのに、最近そんな無意味なことばかり考えてしまう。とうとう焼きが回ったか。自身の人生を顧みて物思いにふける時間もないほど、この街での暮らしはめまぐるしかった。 故郷の、重く湿った灰色の空。 私達一家に敵意をむきだしにする、冷たい灰色の瞳。 ひとりで乗り込んだ貨物船。 たどり着いたのは、黒い瞳の人間の国。 色の違う私を物珍しそうに見ながらも、故郷の人間ども違い、私を迫害したりはしなかった。 そこで出会った最愛の男と、ダメだと知っていながら産んだ、かけがえのない宝。 やがてその男のもとからも去り、自分の感じるよりよい未来の方向へと流れ流れてたどり着いたのは、魔物の街。 こんなところで何が出来るのだ、と嘆いたりはしなかった。私ならここで変わり、またここを変えられると、なんの疑いもなく信じ、この地で生きることを決めた。 間違ってはいなかったはずだ。ただの女として生まれて生きていたら、決してここまでの富は得られなかった。決して誰も救えなかった。せいぜい、自分の旦那と、子供の幸せを願うまでだ。 けれど、今になって少しだけ思う。 ごく普通の家庭と、つましい暮らしの中で、ぼんやりと浮かぶささやかな幸せは、どれほどに美しいのだろう。それを少しだけ見てみたかった、とな。 ー「ロベルタ様、また暗い雲が出てきましたね。ここはどうして毎日どんよりとしているのかしらね」 「メイリーシアの方をごらん。あそこはまだ青いままだ。いずれここにも、あの青空がやってくる。私の故郷に比べれば、ここはずっと明るい美しい街さ」 「これでも?」 「私が築いたのだから当然だろう」 「あら、そういうこと。ふふふ、そうですわね。ロベルタ様がここに来てくださって本当によかった。私のおばあさまも、ロベルタ様のもとで働く私を、本当によく褒めてくださったんですからね。ご主人様のためになんでもして、我々に与えてくださったご恩を、少しでもお返しするのだよ、って…」
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