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「ったく、何が引き金になったんだか。名前か?過去のくだりか?なんにせよやっぱりこうなるのか。」 クーガの次に手紙を読んだウォンが飛び散らせた鼻血を、クーガは顔をしかめながら拭いていた。閻とレオもそれを手伝い、当のウォンはソファーの上でひたいにつめたい手ぬぐいを置かれ、ぐったりとなっていた。 「こんなの見せたら、母さん死ぬかな…」 「いや、もう思い出しているだろう。これはただの事実確認に過ぎない」 「ったく、2人そろって」 「クーガくん、やはり君は強い子だな。信頼できる男だ」 「いろいろ一気に書かれてて、悲しいも何もないです」 「それはそうか」 「…ま、親父が死んでもメソメソ泣き暮らさなかった母さんがいちばん強いかな。魔物だからそーいう感性が鈍いのかと思ってたけど。でもどうしようもないですから。だって別に、普通に暮らしてるし、これからもこーして生きてくしかねえし。母さんも誰も恨まないと思いますよ」 そう言って雑巾をしぼるクーガを見て、閻が珍しく微笑みを浮かべた。 「クーガくん、これが終わったら病院に行きましょう。我々と共に。僕のこの旅の目的は、この街やロベルタ様の過去を暴くことではなく、そもそもサイラスに会いたかったからです。無論、ロベルタ様にもお会いできて嬉しかったけれど」 「そうですね。行きましょう。母さんもレオさんに会えたら喜びますよ。おいウォン、あと少しで終わるから、起き上がる準備しとけ」 「うう~…もうちょっと待て…ああ、俺もニシさんとこで点滴うってもらおう…」 「ところでお前、人を喰うのか?」 「喰うよ…」 「野蛮な男だな」 「ばかやろう…俺は生肉は嫌いなんだ…仕事で殺した奴の死にたての肉をほんの少しちょうだいして、事務所でウェルダンに仕上げて、ナイフとフォークで喰うんだよ。そのままなんて、魔物じゃあるめえし…ああ…頭いてぇ…」 「なるほど、人間的だ」 閻が、納得したようにこくりと頷きながら言った。 「おや、また雲が厚くなってきたようだ。雨が降りそうで降らないこの天気。いやになるねえ」 「いっつもロベルタの屋敷の方角からだ、ああいう雲が来るのは。あいつ黒魔術でもやってんじゃないですか」 「黒魔術なんてかわいいもんさ。…でもごらん、メイリーシアの方角はあんなに晴れてる。あれがこっちに来ればいいのにね。ロベルタの暗雲とメイリーシアの快晴、どっちが勝つかな」 泣き疲れて、少しだけ落ち着くようにとまた点滴をうたれ、シロは眠っていた。 「モグ…無免許でも、もっとでかい街でやれると思う?お医者さんごっこ」 「う~ん、ここがギリじゃないっすか?もっと首都の方とかじゃ、俺らみたいなイリーガルなやつらなんかあっという間に摘発されますよ。きっと」 「そうか。今から学校に通って資格を取って正式に…なんて、何年かかるのやら」 「先生、まさかここを閉めるおつもりですか?」 「うん…。なんかね、もう興味が無くなってさ、この街も、魔物にも。どうせおっきな病院もあることだし、こんな潰れかけのとこが無くなったって、困る人はいないよ。魔物にやられた人以外はね」 「ワクチンは?まだ魔物は出ますよ、きっと」 「特殊部隊にくれてやる。専売特許にしてれば金も入ったけど、ここを出ればもう必要ない」 「行くんなら俺も()れてってくださいよ。どっかでまたモグリでやれそうな街、探しましょ」 「ワケありで普通の病院にかかれないような人がいる街、どっかないかなあ。銃で撃たれたとか、刺されたとか、警察に介入されたくない人たちの。知識と技術はそこらへんの医者にゃ負けてないのになあ。学校に行けなかっただけで」 「そっすよ、そーいうワケありの人たちなら、ワケありの俺らでも気にしないはずだ。先生は腕も一流なんだし。…でも奥様、許してくれますかね」 「大丈夫さ。何も外国に行こうってんじゃない。それに妻の愛した街だからこそ、もうサヨナラでいいんだ。君の兄さんにも伝えとけ。またいつか会いにくるからって」 そのとき、病院の前に一台の車が停まった。 「おや、なんだ?ずいぶんいい車だな。ロベルタの手下か?僕は消されるようなことしてないけどなあ…」 ニシはのんきに窓から身を乗り出し、タバコの煙を威勢よく吐いた。
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