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「撃たれたのによく食いやがるな。ちったあ遠慮しろよ。うちだってそんな裕福じゃねえんだぞ」 クーガが文句を垂れる。 3人で食卓を囲み、男…ウォンは、餓えた獣のように大皿の肉にかぶりついていた。昼を食べ逃した上に大量出血までしたので、とにかく腹が減っている。大柄なクーガよりもさらに上背があり、さらに筋肉質でデカい。粥などでは足りないだろうと思っていたが案の定だ。 文句を垂れるクーガの隣にいるのが、かつてはロベルタ…自身のボスの側近であった「シロ」であることを知り、ウォンは警戒を解いたようであった。そして先ほど、 シロがニシのところに電話をかけ、ロベルタのとこの誰かが撃たれていたが、何か心当たりは無いかと聞いた。するとニシは「ああ!」とひらめいたように声をあげた。 「それたぶん僕だ!今日森で魔物を仕留めたんだけど、1発はずしちゃってさあ。流れ弾だと思う。よりによってアタマにねえ。なんか悪かったねえ。悪かったって言っといて」と、事も無げに笑っていた。 ー「そういうことみたい。ニシ先生に悪気は無いってか、君の運が悪かったんだね。治ったし、許してやってよ」 そう言って、シロはニシのもとに怒鳴り込もうとしていたウォンをなだめた。しばらくはカッカとなっていたが、肉のかたまりを出してやったら、すっかりどうでもよくなったようだ。 「それ食べたら、とっととパパのもとへお帰り。さっき連絡しといたから。だいぶ探されてたみたいだよ」 「大袈裟だな。しかしあんたがあのシロか。噂だけなら聞いてる。組に莫大な貢献をしていたが、突然カタギになって人間の街で暮らし始めたって。会長もなんも言わなかったぜ。街の人間だってなんも言わねえ。まさかあんたがかつての同朋とはなぁ」 「みんな平和に生きたいんだ。だから過去の僕の悪事すらお咎めなしさ…忘れたフリをしてくれてる。人間は優しいよ。弱いゆえに」 「完全な魔物のくせにこうして共存してられるなんて、あんただけじゃないのか。メシはどうしてる」 「人と同じものを、ちょっとだけ」 「ここで死ぬと決めたのか?」 「まあ」 「なぜだ」 「…パパ、ほんとに何も言わないんだなあ。まあ裏切り者の僕のことなんか、どうでもいいんだな。…別に隠すことじゃない。僕がヒトと結婚したからさ。人間の男と」 「…なんだそりゃ。こいつか?」 「ナイフで指すな、行儀わりいな」 クーガがウォンの右手をはたく。 「違うよ。もう死んだ。病気でね。死ぬにはまだ若かったけど」 「…そうか」 「そんな気まずそうな顔するなよ。それにひとりぼっちじゃないだけいいさ。クーガがいるし、その下にもまだふたり居てね。18になるまで山向こうの街で寮生活してるよ。まだ学生だから」 それを聞いて、ウォンが首をひねる。 「えっと…?あんたとクーガと、またその下の弟たちってことか?4人兄弟なのか…?」 「いや、だから……まあ、ピンとこねえのも無理ねえけど、俺たちは親子ってことだ。俺たち3兄弟は人間の父親、魔物の母親のハーフ。これは俺の母ちゃん」 「こら、ナイフで指すなって父さんに怒られたろ」 ウォンが、ナイフで指されたシロをきょとんと見つめる。 「え…ああ悪い。あんた女だったのか?」 「女に見えるか?僕は男だよ」 「どういうこと?」 「こういう特異体質の種族もいるってことだ。ニシ先生は僕が死んだら早く解剖して研究したいって息巻いててね。男だけど、僕はクーガたちをちゃんと産んだぞ。20年前と、16年前と、14年前にな」 きょとん、から、ポカン、に変わったウォンの肩を、クーガがグーで小突いた。 「……すげえ、初めて見た、そんな無茶苦茶なやつ……」 「無茶苦茶とはなんだ」 「それよりあんたいくつだ?ずいぶん若いだろ」 「35」 「年上…つーか35でガキがハタチ…?」 「魔物に人間の年齢を当てはめても…というか君こそ、マモノらしからぬ妙な男だな。いろんな奴がいるもんだ。君くらい人間じみたのが増えれば、いずれはヒトとの共存が当然になるかもなぁ」 「なるわけねえだろ」 「それにしてもパパは人間のくせに、相変わらず魔物が好きだな。まあ魔物なら容赦なくやれるからな、いろんなコトをさ…」 食後のコーヒーまでしっかり飲んで、タバコを1本吸ってから、ウォンはロベルタのもとへ帰って行った。 「また来るよ」と告げ、クーガに「もう来るな」と言われていた。 ー「今回で4人目か」 シロのリハビリは続行中だ。毎回違うタイプの男性を選んでいる。旦那さんに似た人は、選んでないケド。 「ロベルタさんとこも手広くやるねえ、相変わらず」 人間カタログの発案とシステムの整備をしたのは、誰でもないロベルタだ。彼はかつてのシロのボス。そしてこの街を裏で取り仕切る強大な権力者。 悪いことばかりじゃない、資金源調達のためには、国家を巻き込んで慈善的なことまでやる。確かにこれはこれで、互いに助け合える画期的なシステムだ。生活破綻者や貧しい家の者たちがロベルタのもとに集められ、カタログに載り、商品化されている。だからコストもほとんどかかってないってわけだ。 ミテクレのいい色男とか美女だけは特別な金額が必要だけど、あとはなかなか良心的な価格設定なので、いろんな患者さんたちが利用している。シロもそのことを知っていて、むしろ僕からロベルタの事業だと話す前に、「なんかパパのやりそうなことだな」と言っていた。 それはそうと。 …シロはきっと、したいわけじゃない。キイスへの慕情や、虚無感や、沸き起こる性欲を消すためにこのプログラムを望んだのではない。シロはきっとまた、愛し愛されたいのだ。 天涯孤独となり、ロベルタのもとで生かされようとも埋まらなかった心の穴を、キイスにいともたやすく埋められ、愛を知り、愛する喜びを得た。その気持ちを取り戻すために、もっとも簡単な行為で、即物的に呼び起そうとしている。そのように感じる。 シロは一途だ。死ぬまでキイスを忘れないだろう。しかしシロは、寂しいのだ。ずっとずっと、寂しくてたまらないのだ。 「…シロはまた恋をできるかなあ」 昼食のラーメンをすすりながら、モグにたずねる。 「さあねえ。まあいつか出来るんじゃないすか。人間なら引く手数多の器量良しなんだから。また今日も大量に生き血を吸われちゃたまらんけど、この20年、子供までつくって、人と共存出来たんだし」 「でもシロはたぶん怖いんだ。手に入れたものを失うことが。それを繰り返すことを恐れてる」 「まーそのキモチもちょっとはわかりますけど、でも人生なんてそんなことの繰り返しだ。俺も先生も、いろんな人を得たり失ったり。それかこの大陸がもう少し平和になれば、そんなことも減るのかな」 街によっては平和なところもあるが、それは千差万別だ。もっと西の方に行けば、同じ人間同士でしょっちゅう紛争を起こしている。さすがに対魔物ってのはここだけかもしれないが。 「お、そろそろ時間だ」 チャーハンをかきこみ、モグは一足先に病室へ向かった。 「入るぜ」 扉を開く。セックスを終えたばかりのシロが、まだ素っ裸のままベッドに横たわっていた。 「おお!今日は控えめにしたな、いつもこれくらいにしてくれ、大変なんだから」 相手の男は、血を吸われて多少青ざめているものの、自力で服を着替えていた。 「ありがとう、美味しかったよ」 シロが笑いながらくちびるの血液をぬぐい、フラフラと出て行く男を見送った。 「体調は?」 「特に変化なし」 シロの肩に上着をかけてやりつつ、ティッシュにつつまれゴミ箱に捨てられた使用済みのコンドームをちらりと見やる。 「今日で4人目。性欲が維持されてるのはいいことだ。気分が落ちちまうと色んなモンが低下するからな」 「でも燃えないな、やっぱ」 「恋をしろ。それがすべて。ニシ先生もそう言ってる」 「キイス以上に誰かを好きになることがあるかな」 「別に超えなくていい。度合いなんて関係ないさ。…たまには普通に酒場にでも出て、タイプの奴ひっかけるんでもいいじゃないか」 「そうだね…でも怖いや」 「相手に怖がられるのが?」 「うん。…街の人たちは優しいけど、僕が魔物であることを忘れちゃいないように感じる」 「そいつらも年を取ってお前より先に死ぬ。まあ、俺と先生もだけど」 「それまで待つの、ははは、長い長い……」 笑いながら、目の端に涙がにじむ。 「モグ…僕は失うのも怖いよ。」 「なに言ってんだ」 シロの肩を抱き、頭を撫でた。 「クーガたちに見せてやらなきゃダメだ、なにがあっても幸せに暮らせるんだってことを。あいつらだってきっと人間を選ぶだろう。キイスさんみたいに、いい親父になろうと思ってるはずだ」 「うん…」 「ガキがいてよかったな、俺だってほしいよ」 「早くお嫁さんを探しなよ」 泣き笑いでモグの肩に手を回した。 肉体では追いつかない。たしかに、シロは愛を求めていた。けれどキイスのように心を見せ、そして見せられる人間など、この大陸にはきっと居ない。
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