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「トランプとボードゲーム3種類、マンガ雑誌5冊。コーラを1ダース。これでもつか……?」 「お前汽車の中でこれぜんぶ広げるつもりか?自分の部屋じゃねえんだぞ」 ウォンの荷物を見て、クーガが呆れながら笑う。 「遠足気分だな。まあ、私も似たようなモンだけど。一等車なんて嬉しいなあ。閻さんには本当に感謝だ」 「しかも途中で宿にも泊まれる。最高だな。でかい風呂に入りたい。事務所のちいせえシャワールームにはうんざりだ」 「先生、弁当買ってきましたよ。みんなのも」 「ありがとうモグ。旅っぽくなってきた。もう家もなんにも無いのに、どうしてこんなにワクワクするのかねえ」 「そりゃあ何にもないからですよ」 後方で賑やかに笑いあう5人を見て、レオは嬉しそうに微笑んだ。まさかこのような帰路になるとは。人生とは、本当に何が起こるかわからないものだ。 病院でこの5人の今後の話をしているとき、これほどに捩じ曲げられた運命であることを彼らは露ほども気にしていなかった。皆が笑顔で、まるで子供同士で秘密の作戦会議をしているかのように、和やかに色めき立っていた。まさしく、子供達が遠足の計画を立てているかのような高揚感がそこにはあったのだ。 みんなこの街が嫌いではない。だから別れはつらいけれど、ここに悲しみも捨てていけるからであろう。 「ようやく帰れるな。少々騒々しくなるが…。疲れただろう」 「いいえ。またこうして、あなたと旅をしたいです。一日中あなたと居てもいいなんて、本当に幸せな旅でした」 「…私もだ。だが次はもう少し天候に恵まれた地方にしよう」 ー「今さらだけど、あのふたりってどういうカンケイなんだい?お店のオーナーとウエイターってわけじゃないよねえ?」 ニシが小声でウォンとクーガに問う。 「先生、野暮だなあ。野郎同士、トクベツな理由でもなきゃ、あんな四六時中一緒にいるわけないだろう」 ウォンがニヤニヤと笑う。 「っていうと…やっぱり?」 「俺の父さん母さんと一緒ですよ。レオさんはエンさんの姓を名乗ってますし。内縁ってやつだな、きっと」 「お前イミわかって言ってんのか?」 「俺はその内縁状態のふたりから生まれたんだよ」 「レオさんって男にしとくのはもったいねえな。優しいし気立てもいい。でも俺はおっぱいがなきゃダメだけど」 「キミ、新しい街ではいい加減コイビトを作りなよ」 「ご心配なさらずともそのつもりっす」 「モグリの医者でもそんな裕福じゃなくてもケッコンしてくれる女かあ。…そんなやべー女が現れたら、警戒したほうがいいぜ」 「うるせえ。お前なんかストリップ小屋か飲み屋のオンナしか知らねえだろうが」 「それでもお前よりゃジューブン美味しい思いしてるぜ」 「ブスばっかはべらしたってうらやましくもなんともねーよ」 「お前のチンコは出番がなくてかわいそうだなあ、使わねえんならニシ先生に取ってもらえよ」 「お前は先生に脳みそ丸ごと取り替えてもらえ」 ー「おめーらうるせえなあ、静かにしてろ!ウォン、おとなしく乗ってねえと宿に置いてくぞ!」 サイラスが一喝し、ニシとクーガが吹き出した。 「なんで俺だけ置いてくんだよ」 「おめえが焚き付けてんだろ」 「へーへー。スミマセン」 そうしておとなしくひそひそ声に戻る彼ら。まるで子供と母親のようなサイラスとウォンに、閻までおかしそうに小さく笑っていた。 「あのふたり…どういう関係なのだ」 「良きパートナー、というやつなのでしょう」 ー「あいつら驚いてたな、電話で。次に帰るときにはあの家じゃないってのも、ちょっとかわいそうだけど」 クーガの弟、ふたりの息子たちは、冬休みになれば帰ってくる。次は新しい街でふたりを迎えるのだ。 「寮にやっててよかった。どこに引っ越しても学校を変えさせなくて済む。早く会いたいなあ、ふたりに」 もうすぐ息子たちが暮らす街を通過する。いよいよあの大河も、魔物の山も、灰色の空も途切れてしまう。 「ごらん、我々の街が、もうすぐ見えなくなってしまう」 静かなニシの声。ひそひそ声は止み、皆がその視線の先を見た。サイラスだけは頬杖をついたまま、車窓を流れる果てしない田園風景をぼんやりと眺めている。 「あの山の、パーって広がる夕暮れだけはきれいだ」 「…あっさり消えちまうんだなあ」 「忌々しいところだったぜ。まあ汽車で2日もかかるんなら、もう二度と戻らねえからな。こんなに長丁場の移動なんざこれっきりだ。せいせいした」 モグも、頬杖をついて視線を移した。 もう二度と、か。 ちらりと、夕陽に照らされる山を見る。思いのほか、その燃える夕焼けが眩しくてまぶたを閉じる。 目が潤むのは、眩しいからだ。そしてやっぱり、自分は人より感傷に疎いらしい。なぜだか少しも寂しくはない。 家族5人で過ごして、そのまま格安で空け渡したあの家も、毎日挨拶をしたパン屋のおばさんも、エサをほしがっていつもなついてきた白猫も、優しい人も冷たかった人たちも、すべてが泡となって消えていくようだ。メイリーシアなど、レオと再会できた今となっては、もうなんの郷愁も起こらない。 …そういえば僕は、いつも言ってもらってたのに、自分から口にしたことはなかったな。 愛してるよ、キイス。僕は世界でいちばん、君が好きさ。 「ありがと。またいつかね」 目の端に燃える橙。それに染められる広大な田畑を見つめながら、後方はもう振り返らずに、車輪の音にかき消されるほどの小声でつぶやき、再びまぶたを閉じた。 ………さようなら。
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