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2章-1
ワケありの街。
スラムにほど近いところは以前と変わらないけれど、あの街のように人々がきっちりと管理されてるわけじゃない。
家のない者から、いくつものビルを所有する者まで、皆さまざまな格差の中で暮らしている。小さな犯罪なら日常茶飯事、住民同士の抗争みたいなのもよく起こる。警察は基本的に強いものの味方だ。ロベルタの統制下のあの街とは違い、まったくの手付かずで、もはや国に見捨てられているんじゃないか。まあ、無くなったほうがいい地域なのだろうとは思う。
けれど美味しいパン屋もあるし、ちょっと洒落た都会的なカフェもある。もう5回ほど強盗に押し入られてるが、それでもいまだにやってる気丈なスーパーもある。ガラスがぜんぶ割られていて、直してもどうせ無駄だからとそれらをテープで補修しただけの酒屋に、私はよくお気に入りのウイスキーを買いに行く。
「なんと過ごしやすい街だろうねえ。みんな自由にのびのびと暮らして。こんな場所がやっぱりいちばん適しているよ、我々には」
白衣をまとったニシが、朝もやの中で大きく伸びをして、深呼吸する。
「先生、こないだのあの闇討ちされたとかいう患者。入院はもう飽きたから退院したいって言ってますけど」
「おやそうかい。刺し傷が完全に良くなるまで、もう夜に出歩くなってちゃんと言っといて。また同じとこやられたら死ぬぞってな。治療費はもうもらってるから、入院費だけまた請求しといてくれ」
「うっす」
マトモな怪我や疾患でここを訪れる人々は、たぶんいまのところ半分くらい。エン氏のいうとおり、だいたいがのっぴきならぬ事情の怪我をしてやってくる。
こういう伝播は早くて助かるが、そのため以前とは違いかなり忙しい。週休3日くらいだったあの街での暮らしとはだいぶ変わって、今や1日何時間眠れるかを気にかける日々。
そりゃあそうだ。魔物なんかより、悪い人間のほうが圧倒的に多くて複雑なんだから。おかげですぐにでもこの病院を増築できそうなほど儲かってるけど、税務署の人たちに目をつけられないようにつつましくやってる。フリをしている。
「今日も忙しいかな。もうちょい医師を増やしたいが…」
「先生、3号室の患者が部屋でケンカおっ始めました」
「はあ…ウォンくん起こしてきて」
月に1人か2人殺すくらいで、あとは悠々自適に暮らしていたウォンくんも、ここにきてだいぶせわしくなった。エン氏の組織……まあ、彼はフィクサーのような仕事だとは言っていたが、ともかくその組織に雇ってもらい、ちょくちょく仕事をするようになった。
それが無い日は、ここの手伝い。むろん彼は医療の知識などこれっぽっちも無いが、厄介な患者の世話をさせている。あんまりにも手が回らないときのために、注射と点滴の打ち方、撃たれた人や刺された人たちのとりあえずの応急処置の方法、あ、あと採血のやり方も教えてある。
どんなにおびただしい血だとか大怪我、あるいは手遅れで死に行く人を見たって、それらは彼には何でもない光景なのだ。だから非常にこの仕事に適しているといえる。サイラスもそれは同じだろう。
ああそう、サイラス一家だけど、彼らもキイスくんの遺産の一部とエン氏からの補助を得て、街ではじめての何でも屋さんを開業した。
【犯罪行為以外のだいたいのことは相談にのります。お気軽にどうぞ】
という注意書きみたいな看板を立ててね。
「そんなハヤんねえかもな」なんて言ってたが、つい最近とうとうクーガくん用の車も買ったほど忙しいようだ。あのボロの軽トラは前の店に置きっぱなしにしてるため、ふたりして新たに中古のトラックを買った。
エン氏は受け取りを断ったようだが、開業にあたり彼に出してもらった資金をあっという間に回収し返済できたほど、店は繁盛している。
「80パーセントくらいはやっぱり犯罪っぽいこととか、何かの密輸の依頼だけど、残りのややマトモな依頼だけで充分忙しい。ウォンが使いもんにならなくなったらうちに譲ってくれ」
と、疲れた顔でサイラスが言っていた。
「あの街とは相場がまったく違います。請負の値段は、前の店の倍、もう少し上でもいいでしょう」というエン氏の助言どおりずいぶんと価格を跳ねあげさせたが、妙な相談をする奴らは金払いもすこぶるいいそうだ。
物価も確かに多少上がり、カフェのコーヒー1杯の値段も以前の街より30パーセント増しだ。しかし入ってくるお金も格段に違う。コーヒーの価格の違いが気にならないほどに。
だからとんでもない格差と不平等が蔓延している。実に人間社会らしいな、と思う。
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