2章-1

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私たちがこの街にやってきてしばらくは、アパート暮らしをして体制を立て直していた。エン氏のはからいで、新たな病院と何でも屋の物件はあっという間に決まって、また半月ほどは開業準備、そしてそれぞれ本格的に仕事を再スタートさせた。 エン氏、そしてレオくんにはとても助けられている。ゲンキンなことを言わせてもらうと、この街で彼らと付き合いを持っていることは、非常に好都合だしありがたいと実感する。こんなグレーどころか真っ黒な病院も、警察は見逃すはずないだろうに、何のお咎めもない。 それから、この街のあらゆる店が1度くらいは襲撃されたり嫌がらせを受けたりしているにもかかわらず、サイラスの店にはそういう被害もない。 まあショットガンを持った奴が店に押し入ったところでサイラスによって返り討ちにあうのは目に見えているが、「こんなとこでも平和にやっていきたい」らしく、極力暴力沙汰になることは避けたいらしいので、そういう輩に目をつけられないというのは非常にありがたいのだ。 …あれから早半年。 歳をとるごと早く感じていた月日の流れが、この街に来てから倍くらいに加速している。来月には、長い冬休みを迎えるサイラスの下のふたりの息子クンたちもやってくる。また賑やかになるのかと思うとそれも楽しみだが…サイラスによって、この街に招かれる人間がいる。 ー「先生、どうです近ごろは。もうずいぶんこの街にも馴染めているそうですね」 遅めの昼休憩をもらい、急患などやってこないことを祈り、レオの店にランチを食べにやってきたニシ。レオの店は夜間の方が賑わうため、明るい時間帯は静かにのんびりできるので気に入っている。 「街はいいんだけどねえ、住みやすいし。それよりサイラスも言ってるけど、人手が足りなくてね、てんてこまいだよ。今度帰ってくる息子クンたち、将来うちで働いてくれないかな。ふたりいるならひとりうちにも分けてくれって言ったら、冬休みの合間はふたりもフルに使う予定らしくてね」 「ここで何でも屋というのは、大当たりだったようですね」 「でも違法行為ギリギリのことばっかだってさ。まあ、サイラスはそんなことまったく気にしてないだろうけど。道徳心みたいなの、やっぱりちょっと薄いみたいだな。私ほどじゃないだろうが。純粋な、修繕だとかなんかの手伝いとかはクーガくんに任せてるらしい。でも殺しと運び屋の依頼がしょっちゅうだってさ。そんなもん、大河の街にでも行ってくれ!って断ってるらしいけど」 「あはは、それがいい。サイラスも元気でやっててくれて本当に安心してます。クーガくんの言う通り、強い人だ。メソメソしないで、どこに居ようとも普通に暮らしていくっていうあの姿勢。この街でいちばん大切な心構えかもしれませんね。…でも、ロベルタ様もお元気にしてらっしゃいますかね。そろそろ代替わりを、との噂も聞きます」 ロベルタ、久々にその名を聞いた。 「ずいぶん歳だもん。もう引退するべきだよ」 「情勢は変わるでしょうね。彼の積み重ねてきたことを維持できる胆力など、並大抵の人ではなかなか…」 「うーん、まあねえ。でも変わってもいいと思うよ。何かを得る代わりに何かを失うだけでね。彼のような貪欲さはダイジだけど。…そういえばエンさんはお元気かい?」 「ええ。たぶんこれからここに来ますよ」 「おや、ホント?」 するとちょうどそのタイミングでドアベルが鳴り、後ろを振り返ると、数ヶ月ぶりに見る閻の姿があった。 「先生もいらしたんですか。ご無沙汰ですな」 「エンさん、うわあ、すっごく久しぶりだなあ」 「相席でもいいですか」 「もちろん」 「レオ、私にも先生と同じのを」 「はい」 レオがコーヒーを出してから厨房に入り、閻はタバコに火をつけ、言った。 「実は近々、お会いしなければと思ってましてね。このあとで病院に寄るつもりでしたから、ちょうどよかった」 「そうでしたか。何かあったのですか?」 「ロベルタのことです」 「…今まさしく彼の話題が上がってましたよ。彼に何か?」 「サイラス氏から先日打診を受けましてね。ロベルタをこの街に呼ぶのはどうか、と」 「ええ、ここに…?そこまでして人手がほしいのかな?」 「はは、さすがにあんな車椅子に頼りかけている老人を働かせはしないそうですよ。…先生、ロベルタは…私にとっても一応はそうですが、付かず離れずの家族のようなものです。それ以上に、キイス氏の親であるということが大きいのでしょうが」 「なるほどね。まあごく自然な理由ですな。そういえば、あなたとサイラス一家も親戚になるんですか?」 「キイス氏というのが、会ったことはないが一応血縁ですからな。私の祖父の子にあたります。その妻と子供たちですから、まあそういうことになります。だから私はクーガくんや弟さんたちとも、薄く血のつながりがある」 「ぜんぜん考えてなかったけど、そういえばそうですねえ。そんなに遠すぎるってこともないし…。エンさん、一気に家族みたいなのが増えたわけだ…」 「そうです。ほんの数年前までからは考えられないことですよ。それもこうして近くに暮らすなんてね」 「家族ってのはいいもんです。レオくんのような人もいてうらやましい。…ああそうだ、それで、私に会う理由とは…」 「率直にいうと、貴方やモグさんにとってロベルタは忌々しい存在でもありましょう。彼がこの街にやって来たら、それなりに存在を再び意識することにもなる。貴方がたからのお許しが出なければ招かない、とサイラス氏が言ってましてね。直接話しに行くと言ってましたが、貴方がたはお互いに今とてもお忙しいから…だから余計な世話ですが、私から、と思いまして」 「ははーん、そういうことでしたか」 ニシが笑いながら煙を吐いた。
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