2章-1

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「エンさん、私にとって確かに彼は憎むべき存在でした。それは認めましょう。…しかし彼から魔物を取っ払えば、非常に優秀な実業家です。事実、彼の政策によってうちもなんとか商売を続けられてた。そもそも、よその家庭のことに口出しなんてできませんよ。田舎から親を呼んで同居したいって話でしょ。他人の私にゃ無関係なことです。モグなんて、忙しすぎてそんなことどうでもいいとすら思うだろうな」 それを聞いて、閻はどこか安堵したような表情になった。 「それにねえ…車椅子に乗ってても、アタマはまだハッキリしてるでしょう。もう少しこの街ででいさせてもいんじゃないかなあ?お金だって腐るほどあるんでしょ?シビアだから、屋敷以外あんまり裕福な暮らし方してなかっただけで」 「現役と言いますと?」 「この街にもたんまりいる、身元のよくわからない人たち。あれをどーにか集めて、うちで働かせるなり、また人間カタログみたいなのやるなり、とにかく人を動かしてほしいんですよ。彼ならやれるはずだ。魔物に改造さえしなきゃ、マホウでアタマをいじってもいいから、使えるニンゲン作ってくれないかな」 「なるほど。それは素晴らしいお考えですが…あの街とは勝手が違いますからな」 「貴方がいるじゃないですか」 「私?」 「貴方の一存は鶴の一声。…詳しくは知りませんけど、こうして貴方の世話になり続けて、この街でのあなたという男の存在の大きさってやつを大いに実感してましてね。貴方はロベルタによく似ていますよ。御二方がタッグを組んで、ってのはできませんかね」 「なかなか時間もかかりましょう。その前にロベルタが寿命で死ぬような気もする。具体的にはどういうことを?」 「やっぱり殺しが手っ取り早いでしょうな、この街での一種の威力となるには。不穏な動きを見せればロベルタに殺られるってね。せっかく"一流の掃除屋"がいるんだ。派閥だとか利権関係の詳しいことは分かりませんが、この街には貴方が率いる組織以外にも、台頭せんとする勢力がいくつかありますね。むしろですよ、貴方とロベルタ、それにウォンくんという駒が居て、それらの勢力とこのまま拮抗し続けるということはありえないんじゃないですか。ウォンくんにやらせてる仕事、むろんキレイなものじゃないんでしょう?一般的な目線では」 「ははは、その通りです。正直ウォンをうちで使えたことは非常にありがたいことですよ、我々にとって。それにロベルタも…ただの老いぼれとしておとなしく死んでくようなタマじゃない。死ぬまで何かをしてなけりゃ気が済まない男です。それから彼は、政治屋風情のこともしてましたから、我々とケタ違いの顔の広さを持っている。功績の一部を国家に認められている男です。国外とのパイプもいまだに途切れさせてはいない。…だから、だからこそ貴方に伝えておくべきだと思ったのも、正直なところあります。サイラス氏だって分かってるはずだ。奴が来て、我々と同じ街に暮らすということが、どういうことなのか」 薄ら笑いの、なんとも言えない表情で密談をする男たちのもとに、レオが料理を運んできた。 「はい、どうぞ。…閻さん、先生も。前の病院で話し合ってたときとおんなじ顔してますね。また新しい作戦会議ですか」 「そうだよ。お前もかけなさい。ところで、お前と会うのも半月ぶりだな」 「いかんなあ。そんなに長期間、愛妻をほっぽらかすなんて」 「不定期ですけど、定期的なことですから慣れました」 「今日はもうほとんどやることもない。あとで病院に行く予定だったが、先生と会えたしな。……こういう日に、お前が店を休めるように手伝いの者を雇ってもいいのに。アルバイトの募集でもしたらどうだ」 「ウォンくんはもう手いっぱいだからな。閻さんの仕事に、うちの用心棒に、サイラスの手伝い…。でもここに来るお客さんの大半が、レオくんの顔を見に来る人なんじゃないのかな。あなたはこの街ではオアシスのような存在だ」 また恥ずかしげもなく、サラリとこういうことを言う。レオは相変わらず、それらの賛辞に慣れない。 「だからこそもうひとりくらい欲しいのです。私の目の届かぬところで、間男風情の奴が現れても平気なように」 「あ、なるほど。それじゃお目付け役に近いけど…。でもレオくんはエンさんのモノって、みんな何となく分かっているでしょう。さすがに夫婦とは思ってなくても、ここの店主と閻は兄弟の盃を交わしてるんじゃないか、とか。そんなヒトにちょっかいをかける輩はいませんよ。みな、純粋に彼に話を聞いてもらいに来てるだけです。僕だってそのひとりですよ」 「そうであればいいが…。レオが女でなくてよかったと常日頃思います。ところでレオ、これはお前にも関係あることだ。実はロベルタを…」 「ああ、さっき少しだけ聞こえましたよ。招くとかなんとか…」 レオがほんの少し頬を赤くしたまま答える。 「ただ観光に来させるわけじゃないぞ。正式に、この街の住民としてだ」 「是非はございませんよ。サイラスと貴方の意のままに。それに面白そうではないですか、彼がこの街でどのようにご活躍なさるのか見てみたいものだ。ああいう方がいらしてここで一波乱でもあれば、またこの街も良い方へ変わるやもしれません」 「さすがレオくん。エンさんに見初められただけある。肝っ玉の据わった方だ」 「やることは変わらないと思うがな。もう怪物を作らないだけで。…それじゃ、この"7人"とも彼の転入に合意ということでいいですな」 「ウォンくんにも話したんですか?」 「今やウォンは私の部下です。私が是ということは、彼にも自然と是になる。まあ、彼がどうしても嫌がるのなら取り下げてもいいですがね。彼がロベルタに操られていた、と思うか、ロベルタによって生かされてきた、と思うか。どちらの認識かで決まるでしょうが」 「前者だろう。しかしそれでも、ウォンくんは貴方に従うはずだ。貴方に操られている、と認識していたとしてもね。彼は魔物ですが、魔物なりに情に厚い男です。死体を喰うのもがんばってやめてるし。いまはときどき、サイラスと一緒に患者から抜き取った生き血でしのいでますよ。また一歩、ヒトに戻ってきてます」 「それは私も日ごろから感じています。仕事的には魔物でいいんですがね。ウォンは優秀な男だ。カンタンに手放したくない。だから彼の意思も尊重していたい。…だがまあ、どちらにせよ6人が同意なら、彼もこだわりなく従うでしょう。我々は我々で、ひとつの組織のようなものですから」 「ははは、私もいつの間にやらマフィアじみた人間になっていたんだなあ」 「貴方のお考えや生き方は私やロベルタとも相違ない。やり方が違うだけです。白も黒も灰もすべてを兼ね備えている。……それでは、おおむねまとまりがついたということでよろしいですな」 「最初っからとっ散らかす気なんざありませんよ。私に何かを尋ねるのは、私を殺す必要が出てきたときだけでいいです」 「そうなったら聞くまでもなく殺りますよ」 閻が穏やかな顔で笑い、美味そうにコーヒーを啜った。 こうして、我々はロベルタを迎えることになったのだ。 サイラスから電話をかけ、数十分説得をし、最終的に渋るロベルタにしびれをきらしてケンカになり受話器を叩ききったそうだが、頑固な老人に翌日再び電話を入れて、どうにか話がついたそうだ。 彼がちんたらと列車の旅をしてくるわけもなく、自家用ジェットなるもので、気に入りのメイドたちと共にあっという間にこの街へ降り立ったのがひと月ほど前。 サイラスの店舗兼自宅を間借りする形で、ロベルタの第2の人生?は始まった。 サイラスの予見では、彼はあらゆる手段を使い、数ヶ月もあればこの街の市長代理くらいにはなるだろう、とのことだった。その予想は少しだけ外れ、ロベルタはひと月ほどで市長の座を勝ち得たのだ。何をどうしたのかは知らないし、聞かない。まあ腐敗した市政であったし、傲慢なだけで頭の弱い軟弱な議員たちが、ロベルタに勝てるとは思えなかったけれど。 エン氏とウォンくんもまたしばらく音沙汰のない期間があったが、ロベルタの市長としての任期がスタートしたと同時に再び姿を見せるようになり、とりあえずはひと段落した。いろいろとグレーなことばかりだが、ひとつだけほのぼのした話といえば、クーガくんはロベルタを「じいちゃん」と呼んでいるそうだ。 まぎれもなく本当の祖父であるのだから当然だけど、クーガくんによって初めてそう呼ばれたロベルタが、陰でひっそり眼をうるませていたとは、ぐうぜんその光景を目撃したメイドの談である。
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